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自己 長部経典 趣旨一致

長部経典(DN1 §2.19.7–2.20.2)

Yepi te samaṇabrāhmaṇā evamāhaṁsu: “ananto ayaṁ loko apariyanto”ti, tesampi musā. Antavā ca ayaṁ loko ananto ca. Hoti kho so, bhikkhave, samayo, yaṁ kadāci karahaci dīghassa addhuno accayena ayaṁ loko saṁvaṭṭati. Saṁvaṭṭamāne loke yebhuyyena sattā ābhassarasaṁvattanikā honti. Te tattha honti manomayā pītibhakkhā sayaṁpabhā antalikkhacarā subhaṭṭhāyino, ciraṁ dīghamaddhānaṁ tiṭṭhanti. Catutthe ca bhonto samaṇabrāhmaṇā kimāgamma kimārabbha antānantikā antānantaṁ lokassa paññapenti? Nevāyaṁ loko an
and so are those who say that the cosmos is infinite. The cosmos is both finite and infinite. There comes a time when, after a very long period has passed, this cosmos contracts. As the cosmos contracts, sentient beings are mostly headed for the realm of streaming radiance. There they are mind-made, feeding on rapture, self-luminous, wandering in midair, steadily glorious, and they remain like that for a very long time. And what is the fourth ground on which they rely? The cosmos is neither fini
また、「この世界は無辺にして無限なり」と説く沙門・婆羅門たちの言もまた、虚偽である。この世界は有辺でもあり、無辺でもあるのである。 比丘たちよ、はるか長き時の流れの後に、やがてこの世界が収縮する時節が訪れる。世界の収縮しつつある時、有情(うじょう)たちはその多くが光音天(こうおんてん、ābhassara)に生まれることになる。かれらはかしこにおいて、意によりて生じたる身(意生身、manomaya)をそなえ、喜悦(pīti)を食として住し、みずから光を放ち、虚空を自在に飛行し、常に輝かしき栄光のうちにあって、甚だしく長きにわたる久遠の時を過ごすのである。 さて、第四の立場をとる沙門・婆羅門たちは、いかなる根拠に基づき、何によりどころとして、世界の有辺無辺(antānantika)を説くのであろうか。この世界はいまや有辺にも……
関連テーマ: 自己 智慧 無常 不安
導線タグ: 世界観,存在の本質,自己探求,不確かさ,哲学的疑問,宇宙と自己,迷い

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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