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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN152 §16.10–16.9)

Sace ākaṅkhati: ‘paṭikūlañca appaṭikūlañca tadubhayampi abhinivajjetvā upekkhako vihareyyaṁ sato sampajāno’ti, upekkhako tattha viharati sato sampajāno. Evaṁ kho, ānanda, ariyo hoti bhāvitindriyo. ghānena gandhaṁ ghāyitvā … jivhāya rasaṁ sāyitvā … kāyena phoṭṭhabbaṁ phusitvā … manasā dhammaṁ viññāya uppajjati manāpaṁ, uppajjati amanāpaṁ, uppajjati manāpāmanāpaṁ. So sace ākaṅkhati: ‘paṭikūle appaṭikūlasaññī vihareyyan’ti, appaṭikūlasaññī tattha viharati. Sace ākaṅkhati: ‘appaṭikūle paṭikūlasaññī
If they wish: ‘May I meditate staying equanimous, mindful and aware, shunning both the repulsive and the unrepulsive,’ that’s what they do. That’s how they are a noble one with developed faculties. When they smell an odor with their nose … When they taste a flavor with their tongue … When they feel a touch with their body … When they know a thought with their mind, the agreeable, the disagreeable, and the both agreeable and disagreeable arise in them. If they wish: ‘May I meditate perceiving the
もし彼が「厭わしいものも厭わしくないものも、その両方をともに退けて、捨(ウペッカー)に住し、念(サティ)あり正知(サンパジャンニャ)あらんことを」と望むならば、彼はそこに捨に住し、念あり正知ある者となる。アーナンダよ、このようにして聖者は諸根(インドリヤ)を修めた者となるのである。 鼻によって香りを嗅いだとき……舌によって味を味わったとき……身によって触れるべきものに触れたとき……意(マナス)によって法(ダンマ)を識知したとき、好ましいものが生じ、好ましくないものが生じ、好ましくも好ましくないものをも生じる。もし彼が「厭わしいものについて厭わしくないという想(サンニャー)をもって住せんことを」と望むならば、彼はそこに厭わしくないという想をもって住する者となる。もし彼が「厭わしくないものについて厭わしいという想をもって住せんことを」と望むならば……
関連テーマ: 正念 智慧 自己 執着
導線タグ: 感情のコントロール,心の平静,執着を手放す,マインドフルネス,感覚への反応,捨てる心,感情に振り回される

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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