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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN152 §10.8–16.1)

manasā dhammaṁ viññāya uppajjati manāpaṁ, uppajjati amanāpaṁ, uppajjati manāpāmanāpaṁ. So tena uppannena manāpena uppannena amanāpena uppannena manāpāmanāpena aṭṭīyati harāyati jigucchati. Kathañcānanda, ariyo hoti bhāvitindriyo? Idhānanda, bhikkhuno cakkhunā rūpaṁ disvā uppajjati manāpaṁ, uppajjati amanāpaṁ, uppajjati manāpāmanāpaṁ. So sace ākaṅkhati: ‘paṭikūle appaṭikūlasaññī vihareyyan’ti, appaṭikūlasaññī tattha viharati. Sace ākaṅkhati: ‘appaṭikūle paṭikūlasaññī vihareyyan’ti, paṭikūlasaññī
When they know a thought with their mind, the agreeable, the disagreeable, and the both agreeable and disagreeable arise in them. They are horrified, repelled, and disgusted by that. And how are they a noble one with developed faculties? When a mendicant sees a sight with their eyes, the agreeable, the disagreeable, and the both agreeable and disagreeable arise in them. If they wish: ‘May I meditate perceiving the unrepulsive in the repulsive,’ that’s what they do. If they wish: ‘May I meditate
意(マナス)をもって法(ダンマ)を識るとき、好ましいもの(マナーパ)が生じ、好ましからぬもの(アマナーパ)が生じ、好ましくもあり好ましからぬものも生ずる。かれはその生じたる好ましいもの、好ましからぬもの、好ましくもあり好ましからぬものによって、悩み、恥じ、厭い嫌う。 では、アーナンダよ、いかにしてひとは、感官(インドリヤ)を修めた聖者(アリヤ)となるのであるか。アーナンダよ、ここに比丘が、眼(チャックス)をもって色(ルーパ)を見るとき、好ましいものが生じ、好ましからぬものが生じ、好ましくもあり好ましからぬものも生ずる。かれもし望むならば、「わたしは厭わしきものにおいて、厭わしからずと観じて住さん」と念じて、そのようにそこに住する。また望むならば、「わたしは厭わしからぬものにおいて、厭わしと観じて住さん」と念じて、
関連テーマ: 正念 智慧 自己 苦しみ
導線タグ: 感情のコントロール,好き嫌い,執着,心の訓練,反応しない,感覚への囚われ,精神修養
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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