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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN141 §20.4–23.2)

Idaṁ vuccatāvuso: ‘dukkhaṁ ariyasaccaṁ’. Katamañcāvuso, dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ? Yāyaṁ taṇhā ponobbhavikā nandīrāgasahagatā tatratatrābhinandinī, seyyathidaṁ— kāmataṇhā bhavataṇhā vibhavataṇhā, idaṁ vuccatāvuso: ‘dukkhasamudayaṁ ariyasaccaṁ’. Katamañcāvuso, dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ? Yo tassāyeva taṇhāya asesavirāganirodho cāgo paṭinissaggo mutti anālayo, idaṁ vuccatāvuso: ‘dukkhanirodhaṁ ariyasaccaṁ’. Katamañcāvuso, dukkhanirodhagāminī paṭipadā ariyasaccaṁ? Ayameva ariyo aṭṭhaṅgiko maggo,
This is called the noble truth of suffering. And what is the noble truth of the origin of suffering? It’s the craving that leads to future lives, mixed up with relishing and greed, taking pleasure wherever it lands. That is, craving for sensual pleasures, craving for existence, and craving for nonexistence. This is called the noble truth of the origin of suffering. And what is the noble truth of the cessation of suffering? It’s the fading away and cessation of that very same craving with nothing
これを「苦の聖諦(くのしょうたい)」と呼ぶ。 では、友よ、苦の集(く・のしゅう)の聖諦とは何か。それは、再びの生存へと導く渇愛(たんあい)であり、喜びと貪りを伴い、あらゆるところに歓びを求めるものである。すなわち、欲愛(よくあい)・有愛(うあい)・無有愛(むうあい)の三つがそれである。これを「苦集の聖諦(くじゅうのしょうたい)」と呼ぶ。 では、友よ、苦の滅(く・のめつ)の聖諦とは何か。それは、かの渇愛(たんあい)を余すところなく離れ、滅し、捨て、放棄し、解脱し、執着なき境地に至ることである。これを「苦滅の聖諦(くめつのしょうたい)」と呼ぶ。 では、友よ、苦滅に至る道(くめつにいたるみち)の聖諦とは何か。それはすなわち、この八支聖道(はっしょうどう)に他ならない。
関連テーマ: 苦しみ 渇愛 執着
導線タグ: 苦しみ,渇愛,執着,欲望,解脱,八正道,悩みの原因

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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