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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN140 §22.1–22.8)

So evaṁ pajānāti: So neva taṁ abhisaṅkharoti, na abhisañcetayati bhavāya vā vibhavāya vā. So anabhisaṅkharonto anabhisañcetayanto bhavāya vā vibhavāya vā na kiñci loke upādiyati, anupādiyaṁ na paritassati, aparitassaṁ paccattaṁyeva parinibbāyati. ‘Khīṇā jāti, vusitaṁ brahmacariyaṁ, kataṁ karaṇīyaṁ, nāparaṁ itthattāyā’ti pajānāti. ‘imañce ahaṁ upekkhaṁ evaṁ parisuddhaṁ evaṁ pariyodātaṁ ākāsānañcāyatanaṁ upasaṁhareyyaṁ, tadanudhammañca cittaṁ bhāveyyaṁ; saṅkhatametaṁ. Imañce ahaṁ upekkhaṁ evaṁ par
They understand: They neither make a choice nor form an intention for existence or nonexistence. Because of this, they don’t grasp at anything in the world. Not grasping, they’re not anxious. Not being anxious, they personally become extinguished. They understand: ‘Rebirth is ended, the spiritual journey has been completed, what had to be done has been done, there is nothing further for this place.’ ‘If I were to apply this equanimity, so pure and bright, to the dimension of infinite space, my m
かれはかく了知する。かれは存在(有)のためにも、非存在(無有)のためにも、何ら意図を形成せず、思い計らうこともない。かくのごとく意図を形成せず、思い計らうことなければ、かれは世において何ものをも取著(しゅじゃく)することがない。取著せざるがゆえに、惑乱することがない。惑乱せざるがゆえに、かれはみずから完全に涅槃(ニッバーナ)に入る。かれはかく了知する。「生(しょう)は尽きた。梵行(ぼんぎょう)はすでに成就した。なすべきことはなし終えた。もはやこのような状態に戻ることはない」と。 「もし我がこの清浄にして明澄なる平静心(捨・うぺっきゃー)を空無辺処(くうむへんしょ)に向けて傾注し、その境地に相応する心を修習するならば――しかしそれは有為(ういー)のことがらである。もし我がこの清浄にして明澄なる平静心を……」
関連テーマ: 智慧 執着 自己
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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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