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自己 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN140 §15.8–16.8)

‘Taṁ netaṁ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti—evametaṁ yathābhūtaṁ sammappaññāya daṭṭhabbaṁ. Evametaṁ yathābhūtaṁ sammappaññāya disvā āpodhātuyā nibbindati, āpodhātuyā cittaṁ virājeti. Katamā ca, bhikkhu, tejodhātu? Tejodhātu siyā ajjhattikā siyā bāhirā. Katamā ca, bhikkhu, ajjhattikā tejodhātu? Yaṁ ajjhattaṁ paccattaṁ tejo tejogataṁ upādinnaṁ, seyyathidaṁ— yena ca santappati, yena ca jīrīyati, yena ca pariḍayhati, yena ca asitapītakhāyitasāyitaṁ sammā pariṇāmaṁ gacchati, yaṁ vā panaññampi kiñci
This should be truly seen with right understanding like this: ‘This is not mine, I am not this, this is not my self.’ When you truly see with right understanding, you grow disillusioned with the water element, detaching the mind from the water element. And what is the fire element? The fire element may be interior or exterior. And what is the interior fire element? Anything internal, personal, that’s fire, fiery, and appropriated. This includes: that which warms, that which ages, that which heat
「これはわたしのものにあらず、わたしはこれにあらず、これはわたしの自己(アッタン)にあらず」と――このように、あるがままに、正しき智慧(パンニャー)をもって見るべきである。このように、あるがままに、正しき智慧をもって見たならば、水の界(アーポダートゥ)に対して厭離し、水の界より心を離反せしめる。 では、比丘よ、火の界(テージョダートゥ)とは何であるか。火の界には、内なるものと外なるものとがある。では、比丘よ、内なる火の界とは何であるか。それぞれの者の内に属し、個人的なものとして取られ(ウパーディンナ)、火であり、火性(テージョガタ)なるもの、すなわち――それによって身を温めるもの、それによって老いるもの、それによって燃え焦がれるもの、それによって食べ飲み噛み味わったものが正しく消化されるもの、あるいはまたその他いかなるものであれ……
関連テーマ: 自己 無常 智慧 執着
導線タグ: 自己とは何か,無我,執着を手放す,身体への執着,自分らしさ,アイデンティティの悩み,自己探求
⚠ 出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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