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幸せ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN139 §9.12–9.20)

Yaṁ kho, bhikkhave, ime pañca kāmaguṇe paṭicca uppajjati sukhaṁ somanassaṁ idaṁ vuccati kāmasukhaṁ mīḷhasukhaṁ puthujjanasukhaṁ anariyasukhaṁ. ‘Na āsevitabbaṁ, na bhāvetabbaṁ, na bahulīkātabbaṁ, bhāyitabbaṁ etassa sukhassā’ti—vadāmi. Idha, bhikkhave, bhikkhu vivicceva kāmehi vivicca akusalehi dhammehi savitakkaṁ savicāraṁ vivekajaṁ pītisukhaṁ paṭhamaṁ jhānaṁ upasampajja viharati. Vitakkavicārānaṁ vūpasamā ajjhattaṁ sampasādanaṁ cetaso ekodibhāvaṁ avitakkaṁ avicāraṁ samādhijaṁ pītisukhaṁ dutiyaṁ
The pleasure and happiness that arise from these five kinds of sensual stimulation is called sensual pleasure—a filthy, common, ignoble pleasure. Such pleasure should not be cultivated or developed, but should be feared, I say. Now, take a mendicant who, quite secluded from sensual pleasures, secluded from unskillful qualities, enters and remains in the first absorption, which has the rapture and bliss born of seclusion, while placing the mind and keeping it connected. As the placing of the mind
比丘たちよ、これら五種の欲の対象(五欲功徳・パンチャ・カーマグナ)に縁りて生ずる楽と喜びは、欲楽(カーマスカ)と呼ばれる。それは汚れた楽であり、凡夫の楽であり、聖なることなき楽である。「かかる楽は親しむべからず、修習すべからず、重ねて行ずべからず、むしろ恐れるべきものである」と、わたしは説く。 比丘たちよ、ここに一人の比丘がいる。彼はまさに諸々の欲(カーマ)を離れ、不善の法(アクサラ・ダンマ)を離れて、思惟(ヴィタッカ)を伴い、考察(ヴィチャーラ)を伴い、遠離より生まれたる喜悦(ピーティ)と楽(スカ)とを具えた初禅(パタマ・ジャーナ)に入り、そこに住する。 さらに、思惟と考察の止息によって、内なる清澄を得、心の一境性(エーコーディバーヴァ)を成じ、思惟なく考察なく、三昧より生まれたる喜悦と楽とを具えた第二禅(ドゥティヤ・ジャーナ)に入り……
関連テーマ: 幸せ 渇愛 正念 苦しみ
導線タグ: 快楽依存,欲望,満足感が得られない,本当の幸せ,精神的充足,瞑想,内なる平和
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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