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業・因果 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN136 §13.2–14.11)

‘atthi kira, bho, pāpakāni kammāni, atthi duccaritassa vipāko’ti idamassa anujānāmi; yampi so evamāha: ‘amāhaṁ puggalaṁ addasaṁ—idha pāṇātipātiṁ adinnādāyiṁ …pe… micchādiṭṭhiṁ, kāyassa bhedā paraṁ maraṇā passāmi apāyaṁ duggatiṁ vinipātaṁ nirayaṁ upapannan’ti idampissa anujānāmi; yañca kho so evamāha: ‘yo kira, bho, pāṇātipātī adinnādāyī …pe… micchādiṭṭhi, sabbo so kāyassa bhedā paraṁ maraṇā apāyaṁ duggatiṁ vinipātaṁ nirayaṁ upapajjatī’ti idamassa nānujānāmi; yampi so evamāha: ‘ye evaṁ jānanti te
‘It seems that there is such a thing as bad deeds, and the result of bad conduct,’ I grant them that. And when they say: ‘I have seen an individual here who killed living creatures … and had wrong view. And after death, they were reborn in hell,’ I also grant them that. But when they say: ‘It seems that everyone who kills living creatures … and has wrong view is reborn in hell,’ I don’t grant them that. And when they say: ‘Those whose notion is this have the right notion. Those whose notion is o
「悪しき業(カルマ)というものが存在し、悪しき行いには果報があるのだ」——その者がそのように述べる点については、私はこれを認める。また「私はここにおいて、生き物を殺し、与えられざるものを取り……邪見(ミッチャーディッティ)を抱いていた者を見た。そしてその者は、身体の壊れるとともに、死後において、悪趣(アパーヤ)・苦界(ドゥッガティ)・堕処(ヴィニパータ)・地獄(ニラヤ)に生まれたのである」とその者が述べる点についても、私はこれを認める。しかしながら、「生き物を殺し、与えられざるものを取り……邪見を抱く者は、すべて身体の壊れるとともに、死後において、悪趣・苦界・堕処・地獄に生まれるのだ」とその者が述べる点については、私はこれを認めない。そして「このように知る者こそが正しき見解を持つ者であり、それ以外の見解を持つ者は……」とその者が述べる点についても——
関連テーマ: 業・因果 智慧 苦しみ
導線タグ: 因果応報,業,善悪,死後の世界,独断,決めつけ,教条主義

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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