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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN133 §9.1–9.4)

“Seyyathāpi, āvuso, puriso sāratthiko sāragavesī sārapariyesanaṁ caramāno mahato rukkhassa tiṭṭhato sāravato atikkammeva mūlaṁ atikkamma khandhaṁ sākhāpalāse sāraṁ pariyesitabbaṁ maññeyya; evaṁsampadamidaṁ āyasmantānaṁ satthari sammukhībhūte taṁ bhagavantaṁ atisitvā amhe etamatthaṁ paṭipucchitabbaṁ maññatha. So hāvuso, bhagavā jānaṁ jānāti, passaṁ passati, cakkhubhūto ñāṇabhūto dhammabhūto brahmabhūto vattā pavattā atthassa ninnetā amatassa dātā dhammassāmī tathāgato. So ceva panetassa kālo ahos
“Reverends, suppose there was a person in need of heartwood. And while wandering in search of heartwood he’d come across a large tree standing with heartwood. But he’d pass over the roots and trunk, imagining that the heartwood should be sought in the branches and leaves. Such is the consequence for the venerables. Though you were face to face with the Buddha, you bypassed him, imagining that you should ask me about this matter. For he is the Buddha, the one who knows and sees. He is vision, he
「友よ、たとえばここに、心材(しんざい)を必要とする人がいるとしましょう。心材を求め、心材を探し、心材を得ようと歩きまわっている、その人が、心材を豊かに蓄えた大樹の前に立ちながら、根も幹も通り過ぎて、枝葉のなかに心材を求めようとするようなものです。友よ、あなた方はまさにそのようなことをされました。世尊(ブッダ)がまのあたりにおられるというのに、その方を飛び越えて、この私にその義(あたい)を問おうとされるとは。 友よ、かの世尊は、知る者として知り、見る者として見ておられます。かの世尊は、眼(チャックブータ)となり、智(ニャーナブータ)となり、法(ダンマブータ)となり、梵(ブラフマブータ)となられた方。法を説き、法を転じ、義を導き示し、不死(アマタ)を与える方。法の主(ダンマッサーミー)たる如来(タターガタ)こそが、まさにこのことをお尋ねすべき、その方であられたのです。」
関連テーマ: 智慧 自己
導線タグ: 本質を見失う,表面的な知識,真の師,正しい導き,迷い,答えを求める,判断力
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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