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家族 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN130 §4.10–4.7)

Tamenaṁ, bhikkhave, yamo rājā evamāha: ‘ambho purisa, pamādavatāya na kalyāṇamakāsi kāyena vācāya manasā. Taggha tvaṁ, ambho purisa, tathā karissanti yathā taṁ pamattaṁ. Taṁ kho pana te etaṁ pāpakammaṁ neva mātarā kataṁ na pitarā kataṁ na bhātarā kataṁ na bhaginiyā kataṁ na mittāmaccehi kataṁ na ñātisālohitehi kataṁ na samaṇabrāhmaṇehi kataṁ na devatāhi kataṁ, tayāvetaṁ pāpakammaṁ kataṁ, tvaññevetassa vipākaṁ paṭisaṁvedissasī’ti. ‘ambho purisa, na tvaṁ addasa manussesu daharaṁ kumāraṁ mandaṁ utt
King Yama says to them, ‘My friend, because you were negligent, you didn’t do good by way of body, speech, and mind. Well, they’ll definitely punish you to fit your negligence. That bad deed wasn’t done by your mother, father, brother, or sister. It wasn’t done by friends and colleagues, by relatives and kin, by ascetics and brahmins, or by the deities. That bad deed was done by you alone, and you alone will experience the result.’ ‘My friend, did you not see among human beings a little baby col
ヤマ王(閻魔王)は彼らにこう告げる。 「おい、そこな者よ、汝は怠惰(放逸・pamāda)のゆえに、身(身・kāya)と口(語・vācā)と意(意・mano)とによって善いことを何一つなさなかった。まさにそのとおり、汝は放逸の者に相応しい報いを受けることになろう。その悪しき業(悪業・pāpakamma)は、汝の母がなしたのでもなく、父がなしたのでもなく、兄弟がなしたのでもなく、姉妹がなしたのでもない。友人や同僚がなしたのでもなく、親族や血縁の者がなしたのでもなく、沙門(沙門・samaṇa)や婆羅門(婆羅門・brāhmaṇa)がなしたのでもなく、また神々(天神・devatā)がなしたのでもない。その悪業はただ汝自身がなしたものであり、汝自身がその果報(異熟・vipāka)を受けなければならぬのだ。」 「おい、そこな者よ、汝は人々のなかに、まだ幼くして横たわる嬰児を見たことがなかったのか――」
関連テーマ: 業・因果 苦しみ 自己
導線タグ: 自業自得,責任転嫁,他責思考,自己責任,後悔,怠惰,行いの報い
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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