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中部経典 趣旨一致

中部経典(MN129 §48.5–5.3)

So kāyena sucaritaṁ caritvā, vācāya sucaritaṁ caritvā, manasā sucaritaṁ caritvā, kāyassa bhedā paraṁ maraṇā sugatiṁ saggaṁ lokaṁ upapajjati. Seyyathāpi, bhikkhave, akkhadhutto paṭhameneva kaṭaggahena mahantaṁ bhogakkhandhaṁ adhigaccheyya; appamattako so, bhikkhave, kaṭaggaho yaṁ so akkhadhutto paṭhameneva kaṭaggahena mahantaṁ bhogakkhandhaṁ adhigaccheyya. Atha kho ayameva tato mahantataro kaṭaggaho yaṁ so paṇḍito kāyena sucaritaṁ caritvā, vācāya sucaritaṁ caritvā, manasā sucaritaṁ caritvā kāyass
When their body breaks up, after death, they’re reborn in a good place, a heavenly realm. Suppose a gambler was to win a big pile of money with the first winning hand. Such a winning hand is trivial compared to the winning hand whereby an astute person, when their body breaks up, after death, is reborn in a good place, a heavenly realm. This is the total fulfillment of the astute person’s level.” That is what the Buddha said. Satisfied, the mendicants approved what the Buddha said. Furthermore,
身(かだら)をもって善き行いをなし、口をもって善き行いをなし、心をもって善き行いをなした者は、身の滅するのち、死後に善き境涯(すがた)、天上の世界に生まれる。 比丘たちよ、たとえばある博打打ちが、最初の一手にして大いなる財の山を得たとしよう。しかし比丘たちよ、その博打打ちが最初の一手にして大いなる財の山を得たとしても、それはいかに些細な一手であることか。それよりはるかに勝れた一手とは、賢明なる者(paṇḍita)が身・口・意の三つをもって善き行いをなし、身の滅するのち、死後に善き境涯、天上の世界に生まれることである。これこそ、賢者の境地(かさね)の完全なる成就というべきものである。」 世尊はかくのごとく説かれた。比丘たちは歓喜し、世尊の説かれたことを心から称賛した。
関連テーマ: 業・因果 智慧 幸せ
導線タグ: 死後の世界,善行,来世,生き方,徳を積む,心がけ,行いの大切さ

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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