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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN128 §17.1–18.3)

So kho ahaṁ, anuruddhā, appamatto ātāpī pahitatto viharanto obhāsañceva sañjānāmi dassanañca rūpānaṁ. So kho pana me obhāso nacirasseva antaradhāyati dassanañca rūpānaṁ. Tassa mayhaṁ, anuruddhā, etadahosi: ‘ko nu kho hetu ko paccayo yena me obhāso antaradhāyati dassanañca rūpānan’ti? Tassa mayhaṁ, anuruddhā, etadahosi: ‘amanasikāro kho me udapādi, amanasikārādhikaraṇañca pana me samādhi cavi. Samādhimhi cute obhāso antaradhāyati dassanañca rūpānaṁ. Sohaṁ tathā karissāmi yathā me puna na vicikicc
While meditating diligent, keen, and resolute, I perceived light and vision of forms. But before long my light and vision of forms vanished. It occurred to me: ‘What’s the cause, what’s the reason why my light and vision of forms vanish?’ It occurred to me: ‘Loss of focus arose in me, and because of that my immersion fell away. When immersion falls away, the light and vision of forms vanish. I’ll make sure that neither doubt nor loss of focus will arise in me again.’ While meditating … ‘Dullness
 アヌルッダよ、このように、わたしは不放逸(ふほうい)にして、熱心に、精励して住しながら、光明(こうみょう)を知覚し、また諸々の色(しき)を見ていた。しかるに、程なくして、その光明も、色を見ることも、ともに消え失せてしまうのであった。  そこでわたしに、かくの思いが起こった。 「いかなる原因、いかなる縁(えん)によって、わたしの光明と色の見えることとは消え失せてしまうのであろうか」と。  やがてわたしに、かくの思いが起こった。 「わたしに不作意(ふさい)が生じたのである。不作意を因として、わたしの三昧(さんまい)が退転(たいてん)した。三昧が退転したとき、光明も消え、色を見ることも消えるのである。されば、わたしは、もはや疑惑(ぎわく)も不作意も、再びわたしのうちに生じることのなきよう、そのように努めるであろう」と。  かくして、不放逸にして、熱心に、精励して住しながら……「惛沈(こんちん)が……」
関連テーマ: 正念 智慧 自己
導線タグ: 集中力が続かない,瞑想が深まらない,注意散漫,精神的な修行,自己観察,内省,努力と継続

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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