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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN119 §27.4–28.6)

Taṁ kiṁ maññatha, bhikkhave, api nu so puriso amuṁ allaṁ kaṭṭhaṁ sasnehaṁ uttarāraṇiṁ ādāya abhimanthento aggiṁ abhinibbatteyya, tejo pātukareyyā”ti? “No hetaṁ, bhante”. “Evameva kho, bhikkhave, yassa kassaci kāyagatāsati bhāvitā bahulīkatā, na tassa labhati māro otāraṁ, na tassa labhati māro ārammaṇaṁ. Seyyathāpi, bhikkhave, udakamaṇiko pūro udakassa samatittiko kākapeyyo ādhāre ṭhapito; atha puriso āgaccheyya udakabhāraṁ ādāya. Taṁ kiṁ maññatha, bhikkhave, api nu so puriso labhetha udakassa ni
What do you think, mendicants? By drilling the stick against that green, sappy log on dry land far from water, could they light a fire and produce heat?” “No, sir.” “In the same way, when a mendicant has developed and cultivated mindfulness of the body, Māra cannot find a vulnerability and doesn’t get an opportunity. Suppose a water jar was placed on a stand, full to the brim so a crow could drink from it. Then a person comes along with a load of water. What do you think, mendicants? Could that
「比丘たちよ、どう思うか。あの者が、水辺を離れた陸地にある、青々とした水気を含む薪に火きり棒を当てて擦ったとして、果たして火を起こし、熱を生じさせることができるであろうか」と。「尊師よ、それはできません」と。「比丘たちよ、まさにそのように、身至念(かやgatāsati)を修し、繰り返し修習した者に対しては、悪魔(māra)は隙を得ることができず、悪魔は足がかりを得ることができないのである。 比丘たちよ、たとえばここに、水を満々と湛え、烏でさえ飲めるほど縁まで満ちた水瓶が、台の上に置かれているとする。そこへある者が、水を荷に担いでやって来たとする。比丘たちよ、どう思うか。その者は果たして水を注ぎ入れることができるであろうか——」
関連テーマ: 正念 智慧 自己 不安
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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