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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN114 §3.3–30.3)

tañca aññamaññaṁ kāyasamācāraṁ. Vacīsamācārampāhaṁ, bhikkhave, duvidhena vadāmi— sevitabbampi, asevitabbampi; tañca aññamaññaṁ vacīsamācāraṁ. Manosamācārampāhaṁ, bhikkhave, duvidhena vadāmi— sevitabbampi, asevitabbampi; tañca aññamaññaṁ manosamācāraṁ. Yathārūpaṁ, bhante, manoviññeyyaṁ dhammaṁ sevato akusalā dhammā abhivaḍḍhanti, kusalā dhammā parihāyanti evarūpo manoviññeyyo dhammo na sevitabbo; yathārūpañca kho, bhante, manoviññeyyaṁ dhammaṁ sevato akusalā dhammā parihāyanti, kusalā dhammā abhi
And each of these is a kind of bodily behavior. I say that there are two kinds of verbal behavior: that which you should cultivate, and that which you should not cultivate. And each of these is a kind of verbal behavior. I say that there are two kinds of mental behavior: that which you should cultivate, and that which you should not cultivate. And each of these is a kind of mental behavior. You should not cultivate the kind of idea known by the mind which causes unskillful qualities to grow whil
そして、これらのおのおのは、身(カーヤ)の行為(サマーチャーラ)の一種である。 比丘たちよ、わたしは口(ヴァチー)の行為についても、二種類あると説く——修習すべきものと、修習すべからざるものとである。そして、これらのおのおのは、口の行為の一種である。 比丘たちよ、わたしは意(マノ)の行為についても、また同様に、二種類あると説く——修習すべきものと、修習すべからざるものとである。そして、これらのおのおのは、意の行為の一種である。 尊師よ、いかなる種類の、意(マノ)によって識知される法(ダンマ)であれ、それを修習することによって不善(アクサラ)の諸法が増大し、善(クサラ)の諸法が衰退するならば、かかる意によって識知される法は、修習すべからざるものである。 また、いかなる種類の、意によって識知される法であれ、それを修習することによって不善の諸法が衰退し、善の諸法が増大するならば、かかる法こそ、まさに修習すべきものである。
関連テーマ: 智慧 業・因果 正念 自己
導線タグ: 善悪の判断,行動の選択,心の習慣,自己修養,精神的成長,思考の癖,行いの見直し

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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