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怒り 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN113 §28.4–29.4)

So tāya nevasaññānāsaññāyatanasamāpattiyā attānukkaṁseti, paraṁ vambheti. Ayampi, bhikkhave, asappurisadhammo. Sappuriso ca kho, bhikkhave, iti paṭisañcikkhati: ‘nevasaññānāsaññāyatanasamāpattiyāpi kho atammayatā vuttā bhagavatā. Yena yena hi maññanti tato taṁ hoti aññathā’ti. So atammayataññeva antaraṁ karitvā tāya nevasaññānāsaññāyatanasamāpattiyā nevattānukkaṁseti, na paraṁ vambheti. Puna caparaṁ, bhikkhave, sappuriso sabbaso nevasaññānāsaññāyatanaṁ samatikkamma saññāvedayitanirodhaṁ upasampa
And they glorify themselves and put others down on account of that. This too is a quality of an untrue person. A true person reflects: ‘The Buddha has spoken of not being determined even by the attainment of the dimension of neither perception nor non-perception. For whatever they imagine it is, it turns out to be something else.’ Keeping to themselves the fact that they are not determined by that, they don’t glorify themselves and put others down on account of their attainment of the dimension
そして彼は、その非想非非想処(ネーヴァサンニャーナーサンニャーヤタナ)の等至(サマーパッティ)をもって、自らを高く誇り、他者を蔑む。比丘たちよ、これもまた非真人(アサップリサ)の法(ダンマ)である。 しかるに、比丘たちよ、真人(サップリサ)はかくのごとく省察する。「非想非非想処の等至においてさえも、それへの執われなきこと(アタンマヤター)を、世尊は説かれた。およそ何事であれ、人がそれを思量するとき、それはすでに異なるものとなっているのである」と。 かくして彼は、その等至に囚われざることを内に保ちつつ、非想非非想処の等至をもって、自らを高く誇ることなく、他者を蔑むこともない。 さらにまた、比丘たちよ、真人は、非想非非想処をことごとく超え出て、想受滅(サンニャーヴェーダヤタ・ニローダ)に入定(具足住)する——
関連テーマ: 執着 智慧 自己 正念
導線タグ: プライド,優越感,見下す,執着,自己陶酔,精神的な高み,慢心
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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