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自己 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN112 §21.4–3.7)

ye mayaṁ āyasmantaṁ tādisaṁ sabrahmacāriṁ samanupassāmā’”ti. Idamavoca bhagavā. Attamanā te bhikkhū bhagavato bhāsitaṁ abhinandunti. Tassa, bhikkhave, bhikkhuno bhāsitaṁ neva abhinanditabbaṁ nappaṭikkositabbaṁ. Anabhinanditvā appaṭikkositvā pañho pucchitabbo: ‘cattārome, āvuso, vohārā tena bhagavatā jānatā passatā arahatā sammāsambuddhena sammadakkhātā. Katame cattāro? Diṭṭhe diṭṭhavāditā, sute sutavāditā, mute mutavāditā, viññāte viññātavāditā— ime kho, āvuso, cattāro vohārā tena bhagavatā jāna
to see a venerable such as yourself as one of our spiritual companions!’” That is what the Buddha said. Satisfied, the mendicants approved what the Buddha said. You should neither approve nor reject that mendicant’s statement. Rather, you should question them: ‘Reverend, these four kinds of expression have been rightly explained by the Blessed One, who knows and sees, the perfected one, the fully awakened Buddha. What four? One speaks of the seen as seen, the heard as heard, the thought as thoug
「このような尊者を、われわれの同梵行者(ぼんぎょうしゃ)として仰ぎ見ることができるとは!」と。 これを世尊は説かれた。比丘たちは満足して、世尊の御言葉を歓んで受け入れた。 「比丘たちよ、その比丘の言葉に対して、賛同してはならず、また排斥してもならない。賛同せず、排斥せずして、次のように問いを発すべきである。 『友よ、かの世尊――知り、見たまえる方、阿羅漢(あらかん)にして正等覚者(しょうとうかくしゃ)なる方――によって、四つの言表(ごんぴょう)が正しく説かれています。いかなる四つでありましょうか。見たものを見たものとして語ること(ディッテ・ディッタヴァーディター)、聞いたものを聞いたものとして語ること(スーテ・スタヴァーディター)、感知したものを感知したものとして語ること(ムーテ・ムタヴァーディター)、識知したものを識知したものとして語ること(ヴィンニャーテ・ヴィンニャータヴァーディター)――友よ、これら四つの言表が、かの世尊によって正しく説かれているのです』と。」
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⚠ 出家者向けの文脈

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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