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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN111 §18.3–2.5)

‘evaṁ kirame dhammā ahutvā sambhonti, hutvā paṭiventī’ti. So tesu dhammesu anupāyo anapāyo anissito appaṭibaddho vippamutto visaṁyutto vimariyādīkatena cetasā viharati. So ‘atthi uttari nissaraṇan’ti pajānāti. Tabbahulīkārā atthitvevassa hoti. Puna caparaṁ, bhikkhave, sāriputto sabbaso nevasaññānāsaññāyatanaṁ samatikkamma saññāvedayitanirodhaṁ upasampajja viharati. Paññāya cassa disvā āsavā parikkhīṇā honti. “Paṇḍito, bhikkhave, sāriputto; mahāpañño, bhikkhave, sāriputto; puthupañño, bhikkhave,
‘So it seems that these phenomena, not having been, come to be; and having come to be, they flit away.’ Regarding those phenomena, he meditated without going near or going away, independent, untied, liberated, detached, with mind free of boundaries. He understood: ‘There is an escape beyond.’ Repeated practice of that confirmed this for him. Furthermore, going totally beyond the dimension of neither perception nor non-perception, he entered and remained in the cessation of perception and feeling
「このように、これらの諸法(ダンマ)は、かつてなかったものが生じ来たり、生じ来たりては、また滅し去るものである」と。かれはそれらの諸法に対して、近づくことなく、遠ざかることなく、依存することなく、束縛されることなく、解脱し、離れ、限りなく広々とした心をもって住した。かれは「さらにその彼方に出離(ニッサラナ)あり」と了知した。そをたびたび修習することによって、かれにはまさにそのことが確かなるものとなった。 さらにまた、比丘たちよ、舎利弗(サーリプッタ)は、非想非非想処(ネーヴァサンニャーナーサンニャーヤタナ)を完全に超えて、想受滅(サンニャーヴェーダヤタニローダ)に入定して住した。そして、慧(パンニャー)をもって見ることによって、かれの諸漏(アーサヴァ)はことごとく滅尽した。
関連テーマ: 無常 正念 智慧 執着
導線タグ: 執着を手放す,無常,心の解放,悟り,精神的自由,観察する心,苦しみからの解脱
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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