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自己 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN109 §17.4–3.2)

yaṁ kiñci viññāṇaṁ atītānāgatapaccuppannaṁ ajjhattaṁ vā bahiddhā vā oḷārikaṁ vā sukhumaṁ vā hīnaṁ vā paṇītaṁ vā yaṁ dūre santike vā sabbaṁ viññāṇaṁ: ‘netaṁ mama, nesohamasmi, na meso attā’ti evametaṁ yathābhūtaṁ sammappaññāya daṭṭhabbaṁ. Evaṁ passaṁ, bhikkhave, sutavā ariyasāvako rūpasmimpi nibbindati, vedanāyapi nibbindati, saññāyapi nibbindati, saṅkhāresupi nibbindati, viññāṇasmimpi nibbindati; nibbindaṁ virajjati, virāgā vimuccati. Vimuttasmiṁ vimuttamiti ñāṇaṁ hoti. ‘Khīṇā jāti, vusitaṁ brah
consciousness at all—past, future, or present; internal or external; solid or subtle; inferior or superior; far or near, <em>all</em> consciousness—with right understanding: ‘This is not mine, I am not this, this is not my self.’ Seeing this, a learned noble disciple grows disillusioned with form, feeling, perception, choices, and consciousness. Being disillusioned, desire fades away. When desire fades away they’re freed. When they’re freed, they know they’re freed. They understand: ‘Rebirth is
いかなる識(ヴィジュニャーナ)も――過去・未来・現在のもの、内なるものと外なるもの、粗大なるものと微細なるもの、劣ったものと優れたもの、遠きものと近きもの――すべての識を、正しい智慧(パンニャー)をもってあるがままに観察すべきである。「これはわが所有にあらず、これはわれにあらず、これはわが自己(アッター)にあらず」と。 比丘たちよ、かく観ずるならば、多聞なる聖なる弟子(アリヤサーヴァカ)は、色(ルーパ)に対しても厭離(ニッビダー)し、受(ヴェーダナー)に対しても厭離し、想(サンニャー)に対しても厭離し、行(サンカーラ)に対しても厭離し、識に対しても厭離する。厭離するがゆえに貪欲(ラーガ)は褪せ去り、貪欲の褪せ去るがゆえに解脱(ヴィムッティ)する。解脱したとき、「解脱した」という智が生ずる。そして彼はかく了知する。「生(ジャーティ)はすでに尽き、梵行(ブラフマチャリヤ)はすでに完成された――」と。
関連テーマ: 自己 執着 渇愛 智慧
導線タグ: 自己執着,アイデンティティ,自分とは何か,執着を手放す,解放感,自由になりたい,自己探求

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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