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自己 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN104 §18.2–19.10)

Idhānanda, bhikkhu codito vā acodito vā āpattiṁ sarati, vivarati uttānīkaroti. Tena, ānanda, bhikkhunā vuḍḍhataraṁ bhikkhuṁ upasaṅkamitvā ekaṁsaṁ cīvaraṁ katvā pāde vanditvā ukkuṭikaṁ nisīditvā añjaliṁ paggahetvā evamassa vacanīyo: ‘ahaṁ, bhante, itthannāmaṁ āpattiṁ āpanno, taṁ paṭidesemī’ti. So evamāha: ‘passasī’ti? ‘Āma passāmī’ti. ‘Āyatiṁ saṁvareyyāsī’ti. ‘Saṁvarissāmī’ti. Kathañcānanda, tassapāpiyasikā hoti? sarāmi ca kho ahaṁ, āvuso, evarūpiṁ appamattikaṁ āpattiṁ āpajjitā’ti.
It’s when a mendicant, whether accused or not, recalls an offense and clarifies it and reveals it. After approaching a more senior mendicant, that mendicant should arrange his robe over one shoulder, bow to that mendicant’s feet, squat on their heels, raise their joined palms, and say: ‘Sir, I have fallen into such-and-such an offense. I confess it.’ The senior mendicant says: ‘Do you see it?’ ‘Yes, I see it.’ ‘Then restrain yourself in future.’ ‘I shall restrain myself.’ And how is there a verd
ここに、アーナンダよ、比丘(びく)が、他より咎められるとなくまた咎められることなく、自ら犯した罪過(āpatti)を思い起こし、それを開示し、明らかに示すのである。その比丘は、より上座(じょうざ)の比丘のもとへと赴き、衣(こころも)を片肌に脱いで整え、その足下に礼拝し、踵を立てて蹲踞(そんきょ)し、合掌を高く捧げて、次のように申し述べるべきである。「尊者よ、私はかくかくしかじかの罪過(āpatti)を犯しました。これを懺悔(paṭidesanā)いたします」と。上座の比丘は問う。「汝はそれを見るか」と。「はい、見ます」と。「将来はよく自らを制するように」と。「制します」と答える。 さて、アーナンダよ、いかなる場合に、悪作(tassapāpiyasikā)の判決が下されることとなるのか。それは、「友よ、私はまことにこのような、わずかな罪過(āpatti)を犯したことを思い起こします」と述べる場合である。
導線タグ: 罪悪感,懺悔,自己開示,過ちを認める,自己責任,正直さ,自己浄化
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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