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老い 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN103 §12.6–14.3)

Sace, bhikkhave, evamassa, kallaṁ vacanāya. Sace pana, bhikkhave, evamassa: ‘mayhañca kho vihesā bhavissati parassa ca puggalassa upaghāto. Paro hi puggalo kodhano upanāhī daḷhadiṭṭhī duppaṭinissaggī, sakkomi cāhaṁ etaṁ puggalaṁ akusalā vuṭṭhāpetvā kusale patiṭṭhāpetuṁ. Appamattakaṁ kho panetaṁ yadidaṁ—mayhañca vihesā bhavissati parassa ca puggalassa upaghāto. Atha kho etadeva bahutaraṁ— svāhaṁ sakkomi etaṁ puggalaṁ akusalā vuṭṭhāpetvā kusale patiṭṭhāpetun’ti. Sace, bhikkhave, evamassa, kallaṁ v
If that’s what you think, then it’s appropriate to speak to them. But suppose you think this: ‘I will be troubled and the other individual will be hurt, for they’re irritable and acrimonious. And they hold fast to their views, refusing to let go. Nevertheless, I can draw them away from the unskillful and establish them in the skillful. But for me to be troubled and the other individual to get hurt is a minor matter. It’s more important that I can draw them away from the unskillful and establish
もし比丘たちよ、そのように思うならば、その者に語りかけることは適切である。 しかしまた比丘たちよ、こう思う場合がある。「この者に語りかければ、自分には煩わしさが生じ、かの人には傷つきが及ぶであろう。なぜなら、かの者は忿怒(いかり)に満ち、怨恨(うらみ)を抱き、見解を固く執持して、容易にそれを手放そうとしないからである。しかるに、わたしはこの人を不善(あくしきょう)より離れさせ、善(くしょう)のうちに確立せしめることができる。自分に煩わしさが生じ、かの人に傷つきが及ぶとしても、それはわずかなことに過ぎない。むしろこれこそがより大いなることである――すなわち、わたしがこの人を不善より離れさせ、善のうちに確立せしめることができるのだ」と。 比丘たちよ、もしそのように思うならば、その者に語りかけることは適切である。
関連テーマ: 慈悲 怒り 智慧 人間関係
導線タグ: 人間関係,言いにくいことを伝える,相手のために行動する,怒りやすい人,執着,忍耐,善意

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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