← 経典データベースに戻る 「正念」の偈句一覧
正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN101 §4.6–42.2)

akaramheva mayaṁ pubbe pāpakammaṁ, na nākaramhā’ti? ‘No hidaṁ, āvuso’. ‘Kiṁ pana tumhe, āvuso nigaṇṭhā, jānātha— evarūpaṁ vā evarūpaṁ vā pāpakammaṁ akaramhā’ti? Puna caparaṁ, bhikkhave, bhikkhu pītiyā ca virāgā upekkhako ca viharati sato ca sampajāno, sukhañca kāyena paṭisaṁvedeti. Yaṁ taṁ ariyā ācikkhanti: ‘upekkhako satimā sukhavihārī’ti tatiyaṁ jhānaṁ upasampajja viharati. Evampi, bhikkhave, saphalo upakkamo hoti, saphalaṁ padhānaṁ. Puna caparaṁ, bhikkhave, bhikkhu sukhassa ca pahānā dukkhass
for sure that you did bad deeds in the past?’ ‘No we don’t, reverend.’ ‘But reverends, do you know that you did such and such bad deeds?’ Furthermore, with the fading away of rapture, a mendicant enters and remains in the third absorption, where they meditate with equanimity, mindful and aware, personally experiencing the bliss of which the noble ones declare, ‘Equanimous and mindful, one meditates in bliss.’ That too is how exertion and striving is fruitful. Furthermore, with the giving up of p
「あなた方は、かつて悪しき業(カルマ)を作ったということを、確かに知っているのですか」と。「いいえ、友よ、そのようなことは知りません」と。「では、友よ、ニガンタの方々よ、あなた方は、このような、あるいはかのような悪しき業を作ったということを知っているのですか」と。 さらにまた、比丘たちよ、比丘は喜(ピーティ)の離滅によって、捨(ウペッカー)に住し、念(サティ)あり正知(サンパジャンニャ)あって、身をもって楽を受領する。かの聖者たちが「捨あり念ある者は楽に住す」と告げ示すところの、その第三禅(タティヤ・ジャーナ)に達して住する。比丘たちよ、このようにして、努力(ウパッカマ)は果あるものとなり、精進(パダーナ)は果あるものとなる。 さらにまた、比丘たちよ、楽の捨断によって……
導線タグ: 業,カルマ,瞑想,禅定,精進,努力,心の平静
⚠ 自己責任論に誤解されやすい,出家者向けの文脈

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ