← 経典データベースに戻る 「渇愛」の偈句一覧
渇愛 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN100 §15.6–16.3)

api nu so puriso amuṁ allaṁ kaṭṭhaṁ sasnehaṁ ārakā udakā thale nikkhittaṁ uttarāraṇiṁ ādāya abhimanthento aggiṁ abhinibbatteyya tejo pātukareyyā”ti? “No hidaṁ, bho gotama. Taṁ kissa hetu? Aduñhi, bho gotama, allaṁ kaṭṭhaṁ sasnehaṁ, kiñcāpi ārakā udakā thale nikkhittaṁ; Aparāpi kho maṁ, bhāradvāja, tatiyā upamā paṭibhāsi anacchariyā pubbe assutapubbā. “Evameva kho, bhāradvāja, ye hi keci samaṇā vā brāhmaṇā vā kāyena ceva cittena ca kāmehi vūpakaṭṭhā viharanti, yo ca nesaṁ kāmesu kāmacchando kāmas
By drilling the stick against that green, sappy log on dry land far from water, could they light a fire and produce heat?” “No, worthy Gotama. Why is that? Because it’s still a green, sappy log, despite the fact that it’s lying on dry land far from water. Then a third example occurred to me. “In the same way, there are ascetics and brahmins who live withdrawn in body and mind from sensual pleasures. And they have internally given up and stilled desire, affection, infatuation, thirst, and passion
「その人が、水辺から遠く離れた陸地に置かれた、青々とした樹液を含む丸太に火起こし棒を押し当てて錐もみすれば、火を起こし、熱を生じさせることができるでしょうか」「いいえ、ゴータマ尊者よ、それはできません。なぜならば、ゴータマ尊者よ、それはなお青々とした樹液を含む丸太であるからです――たとえ水辺より遠く離れた陸地に置かれているとしても」 さらにまた、バーラドヴァージャよ、かつて聞いたこともない第三の譬喩が、自然と私の心に浮かびました。 「まさにそのように、バーラドヴァージャよ、いかなる沙門(さもん)あるいは婆羅門(ばらもん)であれ、身(かだら)においても心においても欲楽(よくらく)より離れて住する者、そして彼らが欲楽に対する欲望(カーマッチャンダ)・貪著(とんじゃく)・耽溺(たんでき)・渇愛(かつあい)・情熱を、内なるものとして捨て去り、静め尽くしたる者――」
関連テーマ: 渇愛 執着 苦しみ 智慧
導線タグ: 欲望,執着,渇愛,欲求不満,快楽への依存,離欲,精神的自立

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ