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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN100 §11.11–11.2)

Atha khvāhaṁ, bhāradvāja, yena udako rāmaputto tenupasaṅkamiṁ; upasaṅkamitvā udakaṁ rāmaputtaṁ etadavocaṁ: ‘kittāvatā no, āvuso, rāmo imaṁ dhammaṁ sayaṁ abhiññā sacchikatvā upasampajja viharāmīti pavedesī’ti? Evaṁ vutte, bhāradvāja, udako rāmaputto nevasaññānāsaññāyatanaṁ pavedesi. Tassa mayhaṁ, bhāradvāja, etadahosi: ‘na kho rāmasseva ahosi saddhā, mayhampatthi saddhā; na kho rāmasseva ahosi vīriyaṁ …pe… sati … samādhi … paññā, mayhampatthi paññā. ‘icchāmahaṁ, āvuso, imasmiṁ dhammavinaye brahma
So I approached Uddaka son of Rāma and said to him, ‘Reverend, to what extent did Rāma say he’d realized this teaching with his own insight?’ When I said this, Uddaka son of Rāma declared the dimension of neither perception nor non-perception. Then it occurred to me, ‘It’s not just Rāma who had faith, energy, mindfulness, immersion, and wisdom; I too have these things. ‘Reverend, I wish to lead the spiritual life in this teaching and training.’
そこで私はラーマの子ウッダカのもとに近づき、こう申しました。「友よ、ラーマはいかなる境地まで、この法(ダンマ)を自ら直知(じきち)し、現証(げんしょう)して、具足して住していると説いたのでありましょうか」と。友よ、バーラドヴァージャよ、このように申しますと、ラーマの子ウッダカは非想非非想処(ひそうひひそうしょ)を説き示しました。そのとき私にはこのような思いが起こりました。「信(しん)があったのはラーマだけではない、私にも信がある。精進(しょうじん)も……念(ねん)も……定(じょう)も……慧(え)も、ラーマだけにあったのではない、私にも慧がある」と。「友よ、私はこの法と律(りつ)のもとで梵行(ぼんぎょう)を修めたいと思います」と。
関連テーマ: 智慧 自己 正念
導線タグ: 自己信頼,自分の可能性,他者との比較,精進,修行,内なる力,自己成長

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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