智慧
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN92 §19.4–2.4)
Sāriputta, taking after the Realized One, keeps it rolling on. I have known what should be known, and developed what should be developed, and given up what should be given up: and so, brahmin, I am a Buddha. The matted-hair ascetic Keṇiya heard: “It seems the ascetic Gotama—a Sakyan, gone forth from a Sakyan family—has arrived at Āpaṇa, together with a large Saṅgha of 1,250 mendicants. He has this good reputation: ‘That Blessed One is perfected, a fully awakened Buddha, accomplished in knowledge
サーリプッタは如来(タターガタ)の跡を受け継ぎ、その法輪を転じ続ける。知られるべきことは已に知り、修められるべきことは已に修め、捨てられるべきことは已に捨てた。それゆえにこそ、バラモンよ、我は仏陀(ブッダ)なのである。
結髪の修行者ケーニヤはかく聞いた。「まことに、かの沙門(サマナ)ゴータマは、釈迦族の子にして釈迦族の家より出家せられ、アンガッタラーペーの地を遊行されるにあたり、千二百五十人の比丘(ビク)よりなる大いなる僧伽(サンガ)とともに、アーパナの町に到られたという。しかもかの尊者ゴータマについては、かくのごとき麗しき名声が広く世に聞こえている。『かの世尊(バガヴァー)は阿羅漢(アラハン)にして、正しく完全に覚られた正等覚者(サンマーサンブッダ)、明知と行(ヴィッジャーチャラナ)とを具え、善逝(スガタ)にして世間を知る者、無上の調御者……』と。
⚠ 出家者向けの文脈