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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN85 §40.2–43.11)

So ‘idaṁ dukkhan’ti yathābhūtaṁ abbhaññāsiṁ …pe… ‘ayaṁ dukkhanirodhagāminī paṭipadā’ti yathābhūtaṁ abbhaññāsiṁ; ‘ime āsavā’ti yathābhūtaṁ abbhaññāsiṁ …pe… ‘ayaṁ āsavanirodhagāminī paṭipadā’ti yathābhūtaṁ abbhaññāsiṁ. Tassa me evaṁ jānato evaṁ passato kāmāsavāpi cittaṁ vimuccittha, bhavāsavāpi cittaṁ vimuccittha, avijjāsavāpi cittaṁ vimuccittha. Vimuttasmiṁ vimuttamiti ñāṇaṁ ahosi. ‘Khīṇā jāti, vusitaṁ brahmacariyaṁ, kataṁ karaṇīyaṁ, nāparaṁ itthattāyā’ti abbhaññāsiṁ. Ayaṁ kho me, rājakumāra, rat
I truly understood: ‘This is suffering’ … ‘This is the origin of suffering’ … ‘This is the cessation of suffering’ … ‘This is the practice that leads to the cessation of suffering’. I truly understood: ‘These are defilements’ … ‘This is the origin of defilements’ … ‘This is the cessation of defilements’ … ‘This is the practice that leads to the cessation of defilements’. Knowing and seeing like this, my mind was freed from the defilements of sensuality, desire to be reborn, and ignorance. When i
「これが苦(dukkha)である」と、わたしはありのままに了知した。「これが苦の生起である」と……「これが苦の滅である」と……「これが苦の滅へと導く道(paṭipadā)である」と、ありのままに了知した。「これらが漏(āsava)である」と、ありのままに了知した。「これが漏の生起である」と……「これが漏の滅である」と……「これが漏の滅へと導く道である」と、ありのままに了知した。このように知り、このように見るにおよんで、わたしの心は欲漏(kāmāsava)よりも解脱し、有漏(bhavāsava)よりも解脱し、無明漏(avijjāsava)よりも解脱した。解脱したとき、「解脱した」という智(ñāṇa)が生じた。「生(jāti)は尽きた。梵行(brahmacariya)はすでに完成した。なすべきことはなし終えた。もはやこのような迷いの生存に戻ることはない」と、わたしはありのままに了知したのである。
関連テーマ: 苦しみ 智慧 渇愛 自己
導線タグ: 苦しみからの解放,執着を手放す,悟り,心の自由,無明,迷い,生きる意味

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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