← 経典データベースに戻る 「智慧」の偈句一覧
智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN85 §31.4–33.4)

Tassa mayhaṁ, rājakumāra, satānusāri viññāṇaṁ ahosi: ‘eseva maggo bodhāyā’ti. Tassa mayhaṁ, rājakumāra, etadahosi: ‘kiṁ nu kho ahaṁ tassa sukhassa bhāyāmi yaṁ taṁ sukhaṁ aññatreva kāmehi aññatra akusalehi dhammehī’ti? Tassa mayhaṁ, rājakumāra, etadahosi: ‘na kho ahaṁ tassa sukhassa bhāyāmi yaṁ taṁ sukhaṁ aññatreva kāmehi aññatra akusalehi dhammehī’ti. Tassa mayhaṁ, rājakumāra, etadahosi: ‘na kho taṁ sukaraṁ sukhaṁ adhigantuṁ evaṁ adhimattakasimānaṁ pattakāyena. Yannūnāhaṁ oḷārikaṁ āhāraṁ āhāreyy
Stemming from that memory came the understanding: ‘<em>That</em> is the path to awakening!’ Then it occurred to me, ‘Why am I afraid of that pleasure, for it has nothing to do with sensual pleasures or unskillful qualities?’ Then it occurred to me, ‘I’m not afraid of that pleasure, for it has nothing to do with sensual pleasures or unskillful qualities.’ Then it occurred to me, ‘I can’t achieve that pleasure with a body so severely emaciated. Why don’t I eat some solid food, some rice and porrid
その記憶より、一つの理解が湧き起こりました。「これこそが、菩提(ぼだい)への道である」と。 次いで、このような思いが生じました。「なにゆえに、わたしはかの喜楽(きらく)を恐れるのであろうか。かの楽(らく)は、欲楽(よくらく)とも、不善(ふぜん)の諸法とも、まったく関わりなきものではないか」と。 さらにまた、このような思いが生じました。「わたしは、かの喜楽を恐れるには及ばない。それは欲楽とも不善の諸法とも、何ら関わりを持たぬものなのだから」と。 そして次に、このような思いが生じました。「かくも極限にまで衰え果てたる身をもっては、かの楽を得ることは容易ではない。それゆえ、わたしは粗食(そじき)を取るべきではなかろうか——飯(いい)と粥(かゆ)を——」と。
関連テーマ: 智慧 苦しみ 渇愛 自己
導線タグ: 苦行,執着を手放す,中道,極端な修行,身体的苦痛,悟りへの道,バランス

この教えについて、AIブッダ 禅に相談してみませんか?

LINEで相談する App Storeでダウンロード

🪷 AIブッダ 禅とは

AIブッダ 禅は、仏教経典10,000偈句以上のデータベースから、あなたの悩みに合った教えをAIが選び、経典名・偈番号の出典を明記して届けるサービスです。

一般的なAIは「もっともらしいが出典のない文章」を生成しますが、AIブッダ 禅はRAG(Retrieval-Augmented Generation)技術により、検証済みの経典データベースから該当する偈句を検索し、それに基づいて応答します。すべての回答に出典が付き、引用の信頼度を4段階で開示します。

10,000+
収録偈句
18
経典
20
テーマ
CC0
ライセンス

経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

全偈句一覧 苦しみ 智慧 怒り 執着 慈悲 正念

© 2026 AIブッダ 禅経典データベース仏陀の教えブログ