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正念 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN85 §12.32–12.8)

So kho ahaṁ, rājakumāra, nacirasseva khippameva taṁ dhammaṁ pariyāpuṇiṁ. So kho ahaṁ, rājakumāra, tāvatakeneva oṭṭhapahatamattena lapitalāpanamattena ñāṇavādañca vadāmi, theravādañca jānāmi passāmīti ca paṭijānāmi, ahañceva aññe ca. Tassa mayhaṁ, rājakumāra, etadahosi: ‘na kho rāmo imaṁ dhammaṁ kevalaṁ saddhāmattakena sayaṁ abhiññā sacchikatvā upasampajja viharāmīti pavedesi; addhā rāmo imaṁ dhammaṁ jānaṁ passaṁ vihāsī’ti. Tassa mayhaṁ, rājakumāra, etadahosi: ‘na kho āḷārasseva kālāmassa atthi s
I quickly memorized that teaching. As far as lip-recital and verbal repetition went, I spoke the doctrine of knowledge, the elder doctrine. I claimed to know and see, and so did others. Then it occurred to me, ‘It is not solely by mere faith that Rāma declared: “I realize this teaching with my own insight, and live having achieved it.” Surely he meditated knowing and seeing this teaching.’ Then it occurred to me, ‘It’s not just Āḷāra Kālāma who has faith, energy, mindfulness, immersion,
王子よ、私はほどなくして、その教法(ダンマ)をすみやかに習得いたしました。王子よ、私は口唇の動きと言語的な反復によるかぎりにおいて、知識の説(ñāṇavāda)を説き、長老の説(theravāda)を述べ、「我は知り、見る」と称していたのです。他の者たちもまたそのように称していました。 そのとき、王子よ、私にこのような思いが生じました。「ラーマは、ただ信(saddhā)のみによって、『私は自ら証知(abhiññā)してこの教法を現証し、具足して住する』と宣言したのではあるまい。まことにラーマは、この教法を知り見ながら住していたのであろう」と。 さらに王子よ、私にこのような思いが生じました。「信(saddhā)と、精進(viriya)と、念(sati)と、定(samādhi)とを持つのは、アーラーラ・カーラーマただひとりではない——
関連テーマ: 正念 智慧 自己 渇愛
導線タグ: 表面的な理解,本質の探求,自己欺瞞,知識と実践の乖離,精進,信仰の深め方,自分を疑う

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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