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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN80 §16.4–2.1)

Api ca, kaccāna, tiṭṭhatu pubbanto, tiṭṭhatu aparanto. Etu viññū puriso asaṭho amāyāvī ujujātiko, ahamanusāsāmi ahaṁ dhammaṁ desemi. Yathānusiṭṭhaṁ tathā paṭipajjamāno nacirasseva sāmaññeva ñassati sāmaṁ dakkhiti— evaṁ kira sammā bandhanā vippamokkho hoti, yadidaṁ avijjā bandhanā. Seyyathāpi, kaccāna, daharo kumāro mando uttānaseyyako kaṇṭhapañcamehi bandhanehi baddho assa suttabandhanehi; tassa vuddhimanvāya indriyānaṁ paripākamanvāya tāni bandhanāni mucceyyuṁ; Evaṁ vutte, vekhanaso paribbājako
Nevertheless, Kaccāna, leave aside the first beginning and the final end. Let a sensible person come—neither devious nor deceitful, a person of integrity. I teach and instruct them. Practicing as instructed they will soon know and see for themselves, ‘So this is how to be rightly released from the bond, that is, the bond of ignorance.’ Suppose there was a little baby bound with swaddling up to the neck. As they grow up and their senses mature, they’re accordingly released from those bonds. When
しかしながら、カッチャーナよ、過去の始まりのことはさておき、未来の終わりのこともさておくがよい。ここに一人の賢明な人がいるとしよう――狡猾でなく、偽りなく、実直な生まれながらの人が。私はその人を教え導き、法(ダンマ)を説く。説かれたとおりに実践するならば、その人はほどなくして自ら知り、自ら見るであろう――「これが、まさしく束縛からの正しき解脱の在り方である。すなわち、無明(アヴィッジャー)という束縛からの解脱である」と。 カッチャーナよ、たとえば幼い赤子が、布の帯によって首のあたりまでぐるぐると縛られていたとしよう。その子が成長し、諸々の感官(インドリヤ)が成熟するにつれて、その縛りは自ずと解けてゆくであろう。 このように説かれたとき、ヴェーカナサという遍歴行者(パリッバージャカ)は――
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導線タグ: 無知,迷い,悟り,成長,解放,束縛からの自由,真理を知りたい

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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