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怒り 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN78 §10.8–11.16)

Cittampi hi bahuṁ anekavidhaṁ nānappakārakaṁ. Yaṁ cittaṁ sarāgaṁ sadosaṁ samohaṁ, itosamuṭṭhānā akusalā sīlā. Katame ca, thapati, kusalā sīlā? Ime ca, thapati, kusalā sīlā kuhiṁ aparisesā nirujjhanti? Nirodhopi nesaṁ vutto. Idha, thapati, bhikkhu sīlavā hoti no ca sīlamayo, tañca cetovimuttiṁ paññāvimuttiṁ yathābhūtaṁ pajānāti; yatthassa te kusalā sīlā aparisesā nirujjhanti. Kathaṁ paṭipanno ca, thapati, kusalānaṁ sīlānaṁ nirodhāya paṭipanno hoti? Idha, thapati, bhikkhu anuppannānaṁ pāpakānaṁ ak
The mind takes many and diverse forms. But unskillful behaviors stem from a mind that has greed, hate, and delusion. And what are skillful behaviors? And where do these skillful behaviors cease without anything left over? Their cessation has also been stated. It’s when a mendicant behaves ethically, but they are not determined by ethical behavior. And they truly understand the freedom of heart and freedom by wisdom where these skillful behaviors cease without anything left over. And how is someo
心(チッタ)はまことに多様にして、さまざまな形をとるものである。しかるに、貪(ラーガ)・瞋(ドーサ)・癡(モーハ)を具えた心より、不善の戒(アクサラ・シーラ)は生じるのである。 では、大工よ、善の戒(クサラ・シーラ)とはいかなるものであるか。また、これらの善の戒は、いかなるところに残りなく滅尽するのであるか。その滅尽についても、すでに説かれたところである。 大工よ、ここに比丘あって、戒を具えてはいるが、しかしその戒に縛られることなく、これらの善の戒が残りなく滅尽するところの、心解脱(チェートーヴィムッティ)と慧解脱(パンニャーヴィムッティ)とを、あるがままに正しく知る。まさにそこにおいて、かの善の戒は残りなく滅尽するのである。 では大工よ、いかに実践する者が、善の戒の滅尽に向かって実践する者といわれるのであるか。大工よ、ここに比丘あって、いまだ生じていない諸々の悪しき不善の法を……
関連テーマ: 怒り 執着 智慧 正念
導線タグ: 怒り,心の乱れ,感情のコントロール,執着を手放す,心の解放,自己修養,精神的自由
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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