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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN76 §17.19–20.1)

Ubhopi mayaṁ ettha samasamā sāmaññaṁ pattā, yo cāhaṁ na vadāmi ‘ubho sandhāvitvā saṁsaritvā dukkhassantaṁ karissāmā’ti. ‘ayaṁ kho bhavaṁ satthā evaṁvādī evaṁdiṭṭhi— Atirekaṁ kho panimassa bhoto satthuno naggiyaṁ muṇḍiyaṁ ukkuṭikappadhānaṁ kesamassulocanaṁ, yohaṁ puttasambādhasayanaṁ ajjhāvasanto kāsikacandanaṁ paccanubhonto mālāgandhavilepanaṁ dhārento jātarūparajataṁ sādiyanto iminā bhotā satthārā samasamagatiko bhavissāmi abhisamparāyaṁ. Sohaṁ kiṁ jānanto kiṁ passanto imasmiṁ satthari brahmaca
have attained exactly the same level. Yet I’m not one who says that after transmigrating both of us will make an end of suffering. ‘This teacher has such a doctrine and view. But it’s superfluous for this teacher to go nude, bald, persisting in squatting, tearing out their hair and beard. For I’m living at home with my children, using sandalwood imported from Kāsi, wearing garlands, fragrance, and makeup, and accepting gold and currency. Yet I’ll have exactly the same destiny in the next life as
「われわれ両者はともにまったく同等の境地(さとり)に達しているのであります。しかるに、わたしはこのように説かない——『両者はともに輪廻(りんね)を経めぐりて、苦(く)の終わりを成就するであろう』と。この尊き師はかかる教義(きょうぎ)とかかる見解(けんかい)をお持ちである。しかしながら、この尊き師にとって、裸形(らぎょう)であること、剃髪(ていはつ)であること、蹲踞(そんきょ)の苦行に励むこと、髪と髭とを抜き去ることは、まさに余計なことではありませぬか。わたしは妻子とともに家に住み、カーシ国より運ばれた白檀(びゃくだん)を用い、花鬘(かまん)と香料と塗香(ずこう)を身にまとい、金銀(こんぎん)を受け取っておりながら、来世(らいせ)においてはこの尊き師と寸分違わぬ同じ運命を持つことになるのであります。さすれば、わたしは何を知り何を見ることによって、この師のもとで梵行(ぼんぎょう)を……
導線タグ: 修行の意味,生き方の疑問,在家と出家,解脱への道,努力の価値,平等な救い,宗教的懐疑

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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