苦しみ
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN71 §7.2–9.1)
That is: one, two, three, four, five, ten, twenty, thirty, forty, fifty, a hundred, a thousand, a hundred thousand rebirths; many eons of the world contracting, many eons of the world expanding, many eons of the world contracting and expanding. I remember: ‘There, I was named this, my clan was that, I looked like this, and that was my food. This was how I felt pleasure and pain, and that was how my life ended. When I passed away from that place I was reborn somewhere else. There, too, I was name
すなわち、一生、二生、三生、四生、五生、十生、二十生、三十生、四十生、五十生、百生、千生、十万生にわたり、また幾多の世界の収縮の劫(こう)、幾多の世界の展開の劫、幾多の世界の収縮と展開の劫をへだてて、かつての住処(じゅうしょ)を、その有様とともに、その詳細とともに、さまざまに想い起こすのである。「かの生においては、かくかくの名があり、かくかくの姓族(せいぞく)に属し、かくかくの容貌をそなえ、かくかくの食を受けた。苦楽(くらく)の感受はかくのごとくであり、寿命の終わりはかくのごとくであった。かの処より没してのち、しかじかの処に生まれた。そこにおいてもまた、かくかくの名があり……」と。
ヴァッチャよ、わたしはまた、望むままに、清浄にして人間の眼を超越した天眼(てんげん)をもって、没しつつあり生まれつつある衆生(しゅじょう)を見る。賤しき者・尊き者、美しき者・醜き者、善趣(ぜんしゅ)に赴く者・悪趣(あくしゅ)に赴く者を見て、各々その業(ごう)に随って赴く衆生を如実に知る。
ヴァッチャよ、わたしはまた、諸々の漏(ろ)を滅尽することによって、漏なき心解