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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN71 §4.8–7.1)

Vacchagottopi kho paribbājako aññataraṁ nīcaṁ āsanaṁ gahetvā ekamantaṁ nisīdi. Ekamantaṁ nisinno kho vacchagotto paribbājako bhagavantaṁ etadavoca: “sutaṁ metaṁ, bhante: ‘samaṇo gotamo sabbaññū sabbadassāvī, aparisesaṁ ñāṇadassanaṁ paṭijānāti, carato ca me tiṭṭhato ca suttassa ca jāgarassa ca satataṁ samitaṁ ñāṇadassanaṁ paccupaṭṭhitan’ti. Ye te, bhante, evamāhaṁsu: ‘samaṇo gotamo sabbaññū sabbadassāvī, aparisesaṁ ñāṇadassanaṁ paṭijānāti, carato ca me tiṭṭhato ca suttassa ca jāgarassa ca satataṁ
while Vacchagotta took a low seat and sat to one side. Then Vacchagotta said to the Buddha: “Sir, I have heard this: ‘The ascetic Gotama claims to be all-knowing and all-seeing, to know and see everything without exception, thus: “Knowledge and vision are constantly and continually present to me, while walking, standing, sleeping, and waking.”’ I trust that those who say this repeat what the Buddha has said, and do not misrepresent him with an untruth? Is their explanation in line with the teach
そのころ、遍歴行者(パリッバージャカ)のヴァッチャゴッタもまた、一つの低い座を取り、かたわらに坐した。かたわらに坐したヴァッチャゴッタは、世尊にこのように申し上げた。 「尊師よ、わたくしはかねてよりこのように聞き及んでおります。『沙門ゴータマは一切知(サバッニュー)にして一切見(サバダッサーウィー)であり、残りなき知見(ニャーナダッサナ)を自ら認められる。すなわち、「わが知見は、歩むときも、立つときも、眠るときも、覚めるときも、常に絶えることなく現れている」と』。尊師よ、かくのごとく述べる人々は、じつに世尊の説かれたところを繰り返すものであり、虚偽をもって世尊を誹謗するものではないのでしょうか。また、その説明は教えに即したものと
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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