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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN70 §8.11–8.4)

“No hetaṁ, bhante”. “Yasmā ca kho etaṁ, bhikkhave, mayā ñātaṁ diṭṭhaṁ viditaṁ sacchikataṁ phassitaṁ paññāya: ‘idhekaccassa evarūpaṁ sukhaṁ vedanaṁ vedayato akusalā dhammā parihāyanti, kusalā dhammā abhivaḍḍhantī’ti, tasmāhaṁ ‘evarūpaṁ sukhaṁ vedanaṁ upasampajja viharathā’ti vadāmi. Mayā cetaṁ, bhikkhave, aññātaṁ abhavissa adiṭṭhaṁ aviditaṁ asacchikataṁ aphassitaṁ paññāya: ‘idhekaccassa evarūpaṁ dukkhaṁ vedanaṁ vedayato akusalā dhammā abhivaḍḍhanti kusalā dhammā parihāyantī’ti, evāhaṁ ajānanto ‘e
“No, sir.” “But I have known, seen, understood, realized, and experienced this with wisdom: ‘When someone feels that kind of pleasant feeling, unskillful qualities decline and skillful qualities grow.’ Since this is so, that’s why I say: ‘You should enter and remain in that kind of pleasant feeling.’ Now, suppose I hadn’t known, seen, understood, realized, and experienced this with wisdom: ‘When someone feels this kind of painful feeling, unskillful qualities grow and skillful qualities decline.
「いいえ、尊者よ、そのようなことはございません。」 「比丘たちよ、まさに私は智慧(パンニャー)によって、知り、見、了解し、体証し、直接に触れたのである。すなわち、『ここに或る者が、このような楽(スカ)の感受(ヴェーダナー)を感受するとき、不善の諸法(アクサラ・ダンマー)は衰退し、善の諸法(クサラ・ダンマー)は増大する』と。それゆえにこそ、私は『そのような楽の感受に入って住せよ』と説くのである。 もし私が智慧によって、知らず、見ず、了解せず、体証せず、直接に触れていなかったならば、すなわち、『ここに或る者が、このような苦(ドゥッカ)の感受を感受するとき、不善の諸法は増大し、善の諸法は衰退する』ということを、かく知ることなくして……」
関連テーマ: 苦しみ 智慧 幸せ 正念
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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