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孤独 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN69 §6.5–9.1)

Tasmā āraññikena bhikkhunā saṅghagatena saṅghe viharantena na purebhattaṁ pacchābhattaṁ kulesu cārittaṁ āpajjitabbaṁ. Āraññikenāvuso, bhikkhunā saṅghagatena saṅghe viharantena anuddhatena bhavitabbaṁ acapalena. Sace, āvuso, āraññiko bhikkhu saṅghagato saṅghe viharanto uddhato hoti capalo, tassa bhavanti vattāro. ‘Idaṁ nūnimassāyasmato āraññikassa ekassāraññe serivihārena viharato uddhaccaṁ cāpalyaṁ bahulīkataṁ, tamenaṁ saṅghagatampi samudācaratī’ti— Tasmā āraññikena bhikkhunā saṅghagatena saṅghe
That’s why a wilderness monk who has come to stay in the Saṅgha shouldn’t visit families before or after the meal. A wilderness monk who has come to stay in the Saṅgha shouldn’t be restless and fickle. If he is, there’ll be some who say: ‘This wilderness venerable, staying alone and autonomous in the wilderness, must be used to being restless and fickle, since he behaves like this when he’s come to the Saṅgha.’ That’s why a wilderness monk who has come to stay in the Saṅgha shouldn’t be restless
それゆえ、僧伽(サンガ)に参じて衆中に住する阿蘭若(アランニャ)の比丘は、食前にも食後にも、在家の諸家を訪ね歩くことをしてはならない。友よ、僧伽に参じて衆中に住する阿蘭若の比丘は、掉挙(じょうこ)なく、軽躁なくあるべきである。もし友よ、僧伽に参じて衆中に住する阿蘭若の比丘が掉挙あり軽躁であるならば、かならずや批難する者が現れるであろう。「この阿蘭若の尊者は、ひとり阿蘭若にあって自在に住しておられたゆえに、掉挙と軽躁とを深く身に染ませてしまわれたのであろう。それがかくも衆中に参じてのちも、そのままに振る舞われるのだ」と。それゆえ、僧伽に参じて衆中に住する阿蘭若の比丘は、掉挙あることなく、軽躁あることなくあるべきである。
関連テーマ: 孤独 正念 自己 人間関係
導線タグ: 孤独,集団生活,落ち着きのなさ,批判される,振る舞い,自己管理,孤立
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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