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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN65 §11.8–13.4)

diṭṭhippatto … saddhāvimutto … “Taṁ kiṁ maññasi, bhaddāli, api nu tvaṁ, bhaddāli, tasmiṁ samaye ubhatobhāgavimutto vā hosi paññāvimutto vā kāyasakkhi vā diṭṭhippatto vā saddhāvimutto vā dhammānusārī vā saddhānusārī vā”ti? “No hetaṁ, bhante”. “Nanu tvaṁ, bhaddāli, tasmiṁ samaye ritto tuccho aparaddho”ti? “Evaṁ, bhante. Accayo maṁ, bhante, accagamā yathābālaṁ yathāmūḷhaṁ yathāakusalaṁ, yohaṁ bhagavatā sikkhāpade paññāpiyamāne bhikkhusaṅghe sikkhaṁ samādiyamāne anussāhaṁ pavedesiṁ. Tassa me, bhante
or attained to view, or freed by faith, “What do you think, Bhaddāli? At that time were you freed both ways, freed by wisdom, a direct witness, attained to view, freed by faith, a follower of teachings, or a follower by faith?” “No, sir.” “Weren’t you vacuous, hollow, and mistaken?” “Yes, sir. I made a mistake … Please, sir, accept my mistake for what it is, so I will restrain myself in future.” “Indeed, Bhaddāli, you made a mistake. …
「バッダーリよ、そなたはどう思うか。そのとき、そなたは両方向に解脱した者(倶分解脱・うぶんげだつ)であったか、あるいは智慧によって解脱した者(慧解脱・えげだつ)であったか、身をもって証した者(身証・しんしょう)であったか、見解に到達した者(見到・けんとう)であったか、信によって解脱した者(信解脱・しんげだつ)であったか、法に随う者(随法行・ずいほうぎょう)であったか、信に随う者(随信行・ずいしんぎょう)であったか」 「いいえ、世尊よ、そのいずれでもございませんでした」 「バッダーリよ、そなたはそのとき、空虚にして中身なく、過ちを犯した者ではなかったか」 「まさにそのとおりでございます、世尊よ。わたくしは過ちを犯しました。愚かにも、迷いにも、善からぬ心によって、世尊が学処(がくしょ)を定め、比丘の僧伽(さんが)がその学びを受持しようとされたとき、わたくしはみずから進んでそれに従うことを怠りました。世尊よ、どうかわたくしのこの過ちを過ちとしてお納めくださいますように。そうすれば、将来はみずからを慎んでまいります」
関連テーマ: 智慧 自己 業・因果
導線タグ: 過ち,懺悔,自己反省,規律,誓い,成長,自戒
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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