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幸せ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN61 §11.9–14.9)

‘yaṁ kho ahaṁ idaṁ kāyena kammaṁ akāsiṁ idaṁ me kāyakammaṁ nevattabyābādhāyapi saṁvattati, na parabyābādhāyapi saṁvattati, na ubhayabyābādhāyapi saṁvattati— “Yadeva tvaṁ, rāhula, vācāya kammaṁ kattukāmo ahosi, tadeva te vacīkammaṁ paccavekkhitabbaṁ: ‘yannu kho ahaṁ idaṁ vācāya kammaṁ kattukāmo idaṁ me vacīkammaṁ attabyābādhāyapi saṁvatteyya, parabyābādhāyapi saṁvatteyya, ubhayabyābādhāyapi saṁvatteyya— kusalaṁ idaṁ vacīkammaṁ sukhudrayaṁ sukhavipākan’ti, teneva tvaṁ, rāhula, pītipāmojjena vihare
‘This act with the body that I have done doesn’t lead to hurting myself, hurting others, or hurting both. When you want to act with speech, you should check on that same deed: ‘Does this act of speech that I want to do lead to hurting myself, hurting others, or hurting both? …’ … It’s skillful, with happiness as its outcome and result.’ Then, Rāhula, you should live in rapture and joy because of this, training day and night in skillful qualities. If, while checking in this way, you know: ‘This a
「私がこれまで身(しん)をもってなした行為(ぎょうい)は、自らを害することにも、他者を害することにも、またその両者を害することにも、つながるものではない」と。 ラーフラよ、汝が口(くち)をもって何らかの行為をなさんと欲するときは、まさにその言葉の行い(語業・ごごう)について、あらかじめよく省察(しょうさつ)すべきである。すなわち、「われがいまなさんと欲するこの語業(ごごう)は、自らを害することに、あるいは他者を害することに、あるいはその両者を害することにつながるであろうか」と。 もし省察して、「この語業は善(ぜん)なるものであり、安楽(あんらく)を生じ、安楽の果報(かほう)をもたらすものである」と知るならば、ラーフラよ、汝はまさにそのゆえに、喜悦(きえつ)と歓喜(かんき)のうちに住し、昼夜を通じて善なる諸法(しょほう)の修習(しゅじゅう)に励むべきである。
関連テーマ: 業・因果 正念 幸せ 智慧
導線タグ: 言葉の使い方,後悔,自己反省,行動の選択,善い行い,心の平和,自分を傷つける
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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