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幸せ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN59 §8.1–9.4)

Yo kho, ānanda, evaṁ vadeyya: ‘etaparamaṁ sattā sukhaṁ somanassaṁ paṭisaṁvedentī’ti, idamassa nānujānāmi. Taṁ kissa hetu? Atthānanda, etamhā sukhā aññaṁ sukhaṁ abhikkantatarañca paṇītatarañca. Katamañcānanda, etamhā sukhā aññaṁ sukhaṁ abhikkantatarañca paṇītatarañca? Idhānanda, bhikkhu vitakkavicārānaṁ vūpasamā …pe… dutiyaṁ jhānaṁ upasampajja viharati. pe…. Katamañcānanda, etamhā sukhā aññaṁ sukhaṁ abhikkantatarañca paṇītatarañca? Idhānanda, bhikkhu pītiyā ca virāgā …pe… tatiyaṁ jhānaṁ upasampaj
There are those who would say that this is the highest pleasure and happiness that sentient beings experience. But I don’t grant them that. Why is that? Because there is another pleasure that is finer than that. And what is that pleasure? It’s when, as the placing of the mind and keeping it connected are stilled, a mendicant enters and remains in the second absorption, which has the rapture and bliss born of immersion, with internal clarity and mind at one, without placing the mind and keeping i
「これこそが、衆生(しゅじょう)の経験しうる最高の楽(らく)と喜びである」と説く者があるならば、アーナンダよ、わたしはそれを認めるものではない。それはなぜか。アーナンダよ、この楽よりも、さらに勝れ、さらに微妙なる別の楽があるからである。 では、アーナンダよ、この楽よりも勝れ、微妙なる別の楽とは何か。ここに比丘(びく)が、尋(ヴィタッカ)と伺(ヴィチャーラ)の止息によって、第二禅(だいにぜん)に入り、そこに住する。これは内なる清浄(せいじょう)あり、心の一境性(いっきょうせい)あり、尋なく伺なく、定(じょう)より生ずる喜(ピーティ)と楽(スカ)とを具えたものである。 さらにまた、アーナンダよ、この楽よりも勝れ、微妙なる別の楽とは何か。ここに比丘が、喜(ピーティ)の離貪(りとん)によって、第三禅(だいさんぜん)に入り、そこに住する——
関連テーマ: 幸せ 正念 渇愛 智慧
導線タグ: 幸福感,満足できない,もっと上がある,精神的な喜び,瞑想,心の安らぎ,執着からの解放
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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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