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業・因果 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN56 §5.7–7.10)

“Ahu kho me, bhante, samaṇena gotamena saddhiṁ kocideva kathāsallāpo”ti. “Yathā kathaṁ pana te, tapassi, ahu samaṇena gotamena saddhiṁ kocideva kathāsallāpo”ti? Atha kho dīghatapassī nigaṇṭho yāvatako ahosi bhagavatā saddhiṁ kathāsallāpo taṁ sabbaṁ nigaṇṭhassa nāṭaputtassa ārocesi. Evaṁ vutte, nigaṇṭho nāṭaputto dīghatapassiṁ nigaṇṭhaṁ etadavoca: “sādhu sādhu, tapassi. Yathā taṁ sutavatā sāvakena sammadeva satthusāsanaṁ ājānantena evameva dīghatapassinā nigaṇṭhena samaṇassa gotamassa byākataṁ. K
“I did.” “And what kind of discussion did you have with him?” Then Dīgha Tapassī informed the Jain Ñātika of all they had discussed. When he had spoken, the Jain Ñātika said to him, “Good, good, Tapassī! Dīgha Tapassī has answered the ascetic Gotama like a learned disciple who rightly understands their teacher’s instructions. For how impressive is the measly mental rod when compared with the solid physical rod? Rather, the physical rod is the most blameworthy for performing bad deeds, not so muc
「はい、ございました。」「では、タパッシーよ、そなたはかの沙門ゴータマといかなる語らいをなされたのか。」そこでジャイナ教の行者ディーガ・タパッシーは、世尊との間に交わされた語らいのすべてを、ジャイナ教徒ナータプッタに告げ知らせた。かく語り終えると、ジャイナ教徒ナータプッタはディーガ・タパッシーにこう言った。「よきかな、よきかな、タパッシーよ。まことに、師の教え(さとし)を正しく了解したる多聞の弟子にふさわしく、ディーガ・タパッシーは沙門ゴータマに対して答えられた。そもそも、か細き意(こころ)の棒(こん)が、堅固なる身(からだ)の棒(こん)と比べていかほどのものであろうか。身の棒こそが、悪しき行為をなすにあたって最も責められるべきものであり、意の棒はそれほどでは……」
関連テーマ: 業・因果 智慧 自己
導線タグ: 行為の責任,言動と結果,身体的行動,意図と行為,業と責任,善悪の判断,行いの重み

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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