老い
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN50 §15.4–18.2)
equanimity. Then it occurred to Māra Dūsī, ‘Even when I do this I don’t know the course of rebirth of these ethical mendicants of good character. Why don’t I take possession of these brahmins and householders and say, “Come, all of you, honor, respect, esteem, and venerate the ethical mendicants of good character. Hopefully by doing this we can upset their minds so that Māra Dūsī can find a vulnerability.”’ And that’s exactly what he did. Then those brahmins and householders honored, respected,
平静心(ウペッカー)をもって、一方の方角に遍満して住し、同じく第二の方角に、同じく第三の方角に、同じく第四の方角に遍満して住した。かくのごとく、上方・下方・横方、あらゆる所において、すべてに対し、広大にして崇高なる、無量にして怨なく、悩みなき平静心をもって、全世界に遍満して住したのである。
ここにおいて、悪魔ドゥーシー(Dūsī)にかくのごとき思いが生じた。「このように試みても、わたしはこれらの持戒清浄にして善法を具えた比丘たちの、来たり去る趣きをまったく知ることができない。それならば、わたしがバラモンや在家の人々に乗り移り、こう言わしめてはどうであろうか。『さあ、皆の者よ、持戒清浄にして善法を具えた比丘たちを、尊重し、恭敬し、重んじ、礼拝するがよい。そうすることによって、かの比丘たちの心を乱し、悪魔ドゥーシーがその隙につけ込む機会を得られるかもしれない。』」と。そして悪魔はまさにそのとおりに実行した。かくてそれらのバラモンや在家の人々は、比丘たちを尊重し、恭敬し、