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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN49 §30.11–30.3)

Desentopi hi, pāpima, tathāgato sāvakānaṁ dhammaṁ tādisova adesentopi hi, pāpima, tathāgato sāvakānaṁ dhammaṁ tādisova. Upanentopi hi, pāpima, tathāgato sāvake tādisova, anupanentopi hi, pāpima, tathāgato sāvake tādisova. Taṁ kissa hetu? Tathāgatassa, pāpima, ye āsavā saṅkilesikā ponobbhavikā sadarā dukkhavipākā āyatiṁ jātijarāmaraṇiyā— te pahīnā ucchinnamūlā tālāvatthukatā anabhāvaṅkatā āyatiṁ anuppādadhammā. Seyyathāpi, pāpima, tālo matthakacchinno abhabbo puna virūḷhiyā; evameva kho, pāpima,
The Realized One remains such whether or not he teaches disciples. The Realized One remains as such whether or not he presents the teaching to disciples. Why is that? Because the Realized One has given up the defilements that are corrupting, leading to future lives, hurtful, resulting in suffering and future rebirth, old age, and death. He has cut them off at the root, made them like a palm stump, obliterated them so they are unable to arise in the future. Just as a palm tree with its crown cut
如来(タターガタ)は、弟子たちに法を説くにせよ説かぬにせよ、そのまま(ターディ)にして変わることなく在します。悪魔(パーピマン)よ、如来は、弟子たちを導くにせよ導かぬにせよ、そのままにして変わることなく在します。それはいかなる理由によるのか。悪魔よ、如来には、煩悩(アーサヴァ)——すなわち、心を汚し、再生へと誘い、苦しみをもたらし、未来における生・老・死の果報をもたらすような煩悩——が、すでに断ぜられ、根を断ち切られ、棕櫚(たるまやし)の切り株のごとくなされ、滅し尽くされて、未来に再び生ずることなき法となっているからです。悪魔よ、あたかも棕櫚の樹が頂上を切り落とされるならば、もはや再び生長することができないように——
関連テーマ: 苦しみ 無常 自己 智慧
導線タグ: 煩悩,解脱,執着を手放す,心の安定,苦しみからの解放,変わらない自己,再生と輪廻

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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