死
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN46 §19.1–19.8)
Suppose there was a bronze goblet of beverage that had a nice color, aroma, and flavor. The color, aroma, and flavor would be appetizing, but it would result in death or deadly pain. This is comparable to the way of taking up practices that is pleasant now and results in future pain, I say. But it was mixed with poison. Then a man would come along who wants to live and doesn’t want to die, who wants to be happy and recoils from pain. They’d say to him: ‘Here, my friend, this bronze goblet of bev
たとえば、比丘たちよ、色(いろ)も香りも味わいも申し分ない飲み物の入った青銅の杯(さかずき)があるとしよう。その者がそれを飲むとき、色によっても、香りによっても、味わいによっても、心は満ち足りるであろう。しかしながら、飲み終わった後には、死に至るか、あるいは死に等しい苦しみを受けることになるであろう。
比丘たちよ、わたしはこのような法の受持(ダンマサマーダーナ)を説くのである――すなわち、現在においては楽であるが、未来においては苦の果報をもたらす法の受持を。しかもそれは、毒と混じり合っているのである。
そのとき、一人の人がやって来るとしよう。その者は生きることを望み、死ぬことを望まず、幸福を求め、苦しみを厭う者である。人々はその者にこのように告げるであろう。
「やあ、友よ、この青銅の杯には、色も香りも味わいも申し分ない飲み物が入っております。」