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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN43 §6.4–8.3)

imesaṁ dhammānaṁ saṁsaṭṭhānaṁ no visaṁsaṭṭhānaṁ paññā bhāvetabbā, viññāṇaṁ pariññeyyaṁ. “‘Vedanā vedanā’ti, āvuso, vuccati. Kittāvatā nu kho, āvuso, vedanāti vuccatī”ti? “‘Vedeti vedetī’ti kho, āvuso, tasmā vedanāti vuccati. Kiñca vedeti? Sukhampi vedeti, dukkhampi vedeti, adukkhamasukhampi vedeti. ‘Vedeti vedetī’ti kho, āvuso, tasmā vedanāti vuccatī”ti. “‘Saññā saññā’ti, āvuso, vuccati. Kittāvatā nu kho, āvuso, saññāti vuccatī”ti? “‘Sañjānāti sañjānātī’ti kho, āvuso, tasmā saññāti vuccati.
“The difference between these things is that wisdom should be developed, while consciousness should be completely understood.” “They speak of this thing called ‘feeling’. How is feeling defined?” “It’s called feeling because it feels. And what does it feel? It feels pleasure, pain, and neutral. It’s called feeling because it feels.” “They speak of this thing called ‘perception’. How is perception defined?” “It’s called perception because it perceives.
「これらの諸法(ダンマ)は相互に結び合い、離れることなく存在する。そのうち、智慧(パンニャー)は修め育てるべきものであり、識(ヴィンニャーナ)は完全に知り尽くすべきものである。」 「友よ、『受(ヴェーダナー)、受』と申します。いかなる意味において、友よ、受と呼ばれるのでございましょうか。」 「友よ、〔何かを〕感受する、感受するがゆえに、受と呼ばれるのです。では、何を感受するのか。楽をも感受し、苦をも感受し、苦でも楽でもないもの(不苦不楽)をも感受する。感受する、感受するがゆえに、友よ、受と呼ばれるのです。」 「友よ、『想(サンニャー)、想』と申します。いかなる意味において、友よ、想と呼ばれるのでございましょうか。」 「友よ、〔対象を〕想知する、想知するがゆえに、想と呼ばれるのです。」
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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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