苦しみ
中部経典
趣旨一致
中部経典(MN39 §22.1–25.3)
This mendicant is one who is called an ‘ascetic’, a ‘brahmin’, a ‘bathed initiate’, a ‘knowledge master’, a ‘scholar’, a ‘noble one’, and also a ‘perfected one’. And how is a mendicant an ascetic? They have assuaged the bad, unskillful qualities that are corrupting, leading to future lives, hurtful, resulting in suffering and future rebirth, old age, and death. That’s how a mendicant is an ascetic. And how is a mendicant a brahmin? They have banished the bad, unskillful qualities. That’s how a m
この比丘こそ、「沙門(サマナ)」とも呼ばれ、「婆羅門(ブラーフマナ)」とも、「沐浴せる者(ニャータカ)」とも、「明智に達せる者(ヴェーダグー)」とも、「学に通じた者(ソッティヤ)」とも、「聖者(アリヤ)」とも、また「阿羅漢(アラハン)」とも称される者である。
では、比丘はいかにして沙門となるのか。彼においては、悪しき不善の諸法(ダンマ)――汚濁をもたらし、再びの生存へと導き、熱悩を伴い、苦しみの果報をもたらし、未来において生・老・死を招く、かかる一切の法――が、すでに静められている(サミタ)。かくのごとく、比丘は沙門となるのである。
では、比丘はいかにして婆羅門となるのか。彼においては、悪しき不善の諸法――汚濁をもたらし、再びの生存へと導き、熱悩を伴い、苦しみの果報をもたらし、未来において生・老・死を招く、かかる一切の法――が、すでに払い除けられている(バーヒタ)。かくのごとく、比丘は婆羅門となるのである。
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