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幸せ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN39 §17.2–19.3)

So imameva kāyaṁ nippītikena sukhena abhisandeti parisandeti paripūreti parippharati, nāssa kiñci sabbāvato kāyassa nippītikena sukhena apphuṭaṁ hoti. Seyyathāpi, bhikkhave, uppaliniyaṁ vā paduminiyaṁ vā puṇḍarīkiniyaṁ vā appekaccāni uppalāni vā padumāni vā puṇḍarīkāni vā udake jātāni udake saṁvaḍḍhāni udakānuggatāni antonimuggaposīni, tāni yāva caggā yāva ca mūlā sītena vārinā abhisannāni parisannāni paripūrāni paripphuṭāni, nāssa kiñci sabbāvataṁ uppalānaṁ vā padumānaṁ vā puṇḍarīkānaṁ vā sīten
They drench, steep, fill, and spread their body with bliss free of rapture. There’s no part of the body that’s not spread with bliss free of rapture. It’s like a pool with blue water lilies, or pink or white lotuses. Some of them sprout and grow in the water without rising above it, thriving underwater. From the tip to the root they’re drenched, steeped, filled, and soaked with cool water. There’s no part of them that’s not soaked with cool water. In the same way, a mendicant drenches, steeps, f
かの者は、この身体を、喜(ピーティ)を離れた楽(スカ)によって満たし、浸透させ、充満させ、あまねく行き渡らせる。その身体のいかなる部分も、喜を離れた楽によって触れられぬところはない。 比丘たちよ、たとえば青蓮華の池、あるいは紅蓮華の池、あるいは白蓮華の池において、ある青蓮華、紅蓮華、白蓮華は、水中に生まれ、水中に育ち、水面に出ることなく、水中に没して養われる。それらは、先端より根に至るまで、清冷なる水によって満たされ、浸透し、充満し、あまねく行き渡らされ、それらの青蓮華、紅蓮華、あるいは白蓮華のいかなる部分も、清冷なる水に浸されぬところはない。 まさにそのように、比丘は、この身体を、喜を離れた楽によって満たし、浸透させ、充満させ、あまねく行き渡らせるのである。
関連テーマ: 幸せ 正念 自己
導線タグ: 満足感がない,幸福感,内なる平和,瞑想,心の充足,穏やかさ,充実感

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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