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老い 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN36 §28.13–29.1)

So kho ahaṁ, aggivessana, imameva kāyaṁ assāsento pāṇinā gattāni anumajjāmi. Tassa mayhaṁ, aggivessana, pāṇinā gattāni anumajjato pūtimūlāni lomāni kāyasmā papatanti tāyevappāhāratāya. ‘yannūnāhaṁ thokaṁ thokaṁ āhāraṁ āhāreyyaṁ, pasataṁ pasataṁ, yadi vā muggayūsaṁ, yadi vā kulatthayūsaṁ, yadi vā kaḷāyayūsaṁ, yadi vā hareṇukayūsan’ti. So kho ahaṁ, aggivessana, thokaṁ thokaṁ āhāraṁ āhāresiṁ, pasataṁ pasataṁ, yadi vā muggayūsaṁ, yadi vā kulatthayūsaṁ, yadi vā kaḷāyayūsaṁ, yadi vā hareṇukayūsaṁ. Tas
Due to eating so little, when I tried to relieve my body by rubbing my limbs with my hands, the hair, rotted at its roots, fell out. ‘Why don’t I just take a little bit of food each time, a handful of broth made from mung beans, horse gram, chickpeas, or green gram?’ So that’s what I did, until my body became severely emaciated. Due to eating so little, my major and minor limbs became like the joints of an eighty-year-old or a dying man, my bottom became like a camel’s hoof, my vertebrae stuck o
食することがあまりに少なかったゆえに、わたしが手で四肢をなでさすって身体を楽にしようとすると、根が腐った毛が身体からはらはらと抜け落ちたのであった。 そこでわたしは思った。「いっそのこと、少量ずつ食を摂ってはどうであろうか。一掬(ひとすくい)ずつ、緑豆の汁であれ、野豌豆(のえんどう)の汁であれ、雛豆(ひよこまめ)の汁であれ、グリーングラムの汁であれ」と。 アッギヴェッサナよ、かくしてわたしは、まさしくそのように、少量ずつ食を摂ったのである――一掬ずつ、緑豆の汁を、あるいは野豌豆の汁を、あるいは雛豆の汁を、あるいはグリーングラムの汁を。 そのようにして食することがあまりに少なかったゆえに、わたしの身体は極度にやせ衰えてしまった。八十歳の老人の、あるいは今まさに命終えんとする者の関節のごとく、わたしの四肢の大小の節々はことごとく浮き出て、坐した臀部はらくだの蹄のごとくなり、脊椎の骨は数珠をつないだかのごとく突き出たのであった。
関連テーマ: 老い 苦しみ 無常 自己
導線タグ: 身体の衰え,老化,極限状態,苦行,禁欲,肉体の限界,自己鍛錬

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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