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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN36 §25.7–27.2)

Āraddhaṁ kho pana me, aggivessana, vīriyaṁ hoti asallīnaṁ upaṭṭhitā sati asammuṭṭhā. Sāraddho ca pana me kāyo hoti appaṭippassaddho teneva dukkhappadhānena padhānābhitunnassa sato. Evarūpāpi kho me, aggivessana, uppannā dukkhā vedanā cittaṁ na pariyādāya tiṭṭhati. Apissu maṁ, aggivessana, devatā disvā evamāhaṁsu: ‘kālaṅkato samaṇo gotamo’ti. Ekaccā devatā evamāhaṁsu: ‘na kālaṅkato samaṇo gotamo, api ca kālaṁ karotī’ti. Ekaccā devatā evamāhaṁsu: ‘na kālaṅkato samaṇo gotamo, napi kālaṁ karoti, ara
My energy was roused up and unflagging, and my mindfulness was established and lucid, but my body was disturbed, not tranquil, because I’d pushed too hard with that painful striving. But even such painful feeling did not occupy my mind. Then some deities saw me and said, ‘The ascetic Gotama is dead.’ Others said, ‘He’s not dead, but he’s dying.’ Others said, ‘He’s not dead or dying. The ascetic Gotama is a perfected one, for that is how the perfected ones live.’ Then it occurred to me, ‘Why don’
「アッギヴェッサナよ、わが精進(ヴィーリヤ)はすでに奮い起こされ、弛むことなく、念(サティ)は確立されて乱れることがなかった。しかしながら、その苦しき難行(ドゥッカパダーナ)によって極度に責め苛まれたため、わが身は昂ぶり、安らぎを得ていなかった。アッギヴェッサナよ、されどそのように生じたる苦なる感受(ドゥッカー・ヴェーダナー)は、わが心を捉えて離さぬということがなかった。 そのとき、アッギヴェッサナよ、ある天神(デーヴァター)たちがわたしを見てこう言った。『沙門ゴータマは亡くなられた』と。また別の天神たちはこう言った。『沙門ゴータマはまだ亡くなってはおられない。しかし、今まさに亡くなろうとしておられる』と。またある天神たちはこう言った。『沙門ゴータマは亡くなられてもなく、また亡くなろうとしておられるのでもない。沙門ゴータマはすでに阿羅漢(アラハント)であられる。阿羅漢とはまさにかくのごとく住するものであるから』と。」
関連テーマ: 苦しみ 正念 自己
導線タグ: 苦行,精進,心の平静,極限状態,死への恐怖,執着からの解放,悟り

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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