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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN36 §13.5–14.13)

‘viharatāyasmā, tādiso ayaṁ dhammo yattha viññū puriso nacirasseva sakaṁ ācariyakaṁ sayaṁ abhiññā sacchikatvā upasampajja vihareyyā’ti. So kho ahaṁ, aggivessana, nacirasseva khippameva taṁ dhammaṁ pariyāpuṇiṁ. So kho ahaṁ, aggivessana, tāvatakeneva oṭṭhapahatamattena lapitalāpanamattena ñāṇavādañca vadāmi theravādañca, ‘jānāmi passāmī’ti ca paṭijānāmi, ahañceva aññe ca. Tassa mayhaṁ, aggivessana, etadahosi: Atha khvāhaṁ, aggivessana, yena āḷāro kālāmo tenupasaṅkamiṁ; upasaṅkamitvā āḷāraṁ kālāmaṁ
‘Stay, venerable. This teaching is such that a sensible person can soon realize their own tradition with their own insight and live having achieved it.’ I quickly memorized that teaching. As far as lip-recital and verbal repetition went, I spoke the doctrine of knowledge, the elder doctrine. I claimed to know and see, and so did others. Then it occurred to me, So I approached Āḷāra Kālāma and said to him, I am like you and you are like me. Come now, reverend! We should both lead this community t
「尊者よ、留まりたまえ。この法(ダンマ)は、賢明なる者がまさしく速やかに、みずからの師の伝承を自ら直接知り(abhiññā)、証得して(sacchikatvā)、具足して住することのできるようなものである」と。 アッギヴェッサナよ、そこでわたしは、まことに速やかに、その法を学び了えた。アッギヴェッサナよ、わたしはその程度のこと——口の端に乗せ、言葉を繰り返すだけのこと——によって、知識の説を説き、長老の説を説き、「わたしは知り、わたしは見る」と言明した。他の人々もそのように言明した。 アッギヴェッサナよ、そのときわたしに、かくの如き思いが起こった。 そこでアッギヴェッサナよ、わたしはアーラーラ・カーラーマのもとへと赴いた。赴いて、アーラーラ・カーラーマに告げた。「友よ、わたしもあなたと等しく、あなたもわたしと等しい。さあ、尊者よ、わたしたちふたりでともにこの教団を導こうではないか」と。
関連テーマ: 智慧 自己 執着 渇愛
導線タグ: 知識の限界,表面的な学び,本質の追求,自己満足,見せかけの理解,真の智慧,師への依存

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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