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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN30 §24.2–6.1)

“abhikkantaṁ, bho gotama, abhikkantaṁ, bho gotama …pe… upāsakaṁ maṁ bhavaṁ gotamo dhāretu ajjatagge pāṇupetaṁ saraṇaṁ gatan”ti. “Seyyathāpi, brāhmaṇa, puriso sāratthiko sāragavesī sārapariyesanaṁ caramāno mahato rukkhassa tiṭṭhato sāravato atikkammeva sāraṁ atikkamma phegguṁ atikkamma tacaṁ atikkamma papaṭikaṁ, sākhāpalāsaṁ chetvā ādāya pakkameyya ‘sāran’ti maññamāno. Tamenaṁ cakkhumā puriso disvā evaṁ vadeyya: ‘na vatāyaṁ bhavaṁ puriso aññāsi sāraṁ, na aññāsi phegguṁ, na aññāsi tacaṁ, na aññāsi
“Excellent, worthy Gotama! Excellent! … From this day forth, may the worthy Gotama remember me as a lay follower who has gone for refuge for life.” “Suppose there was a person in need of heartwood. And while wandering in search of heartwood he’d come across a large tree standing with heartwood. But, passing over the heartwood, softwood, bark, and shoots, he’d cut off the branches and leaves and leave imagining they were heartwood. If a person with clear eyes saw him they’d say: ‘This gentleman d
「すばらしい、ゴータマ尊者よ、まことにすばらしい……今日よりのち、命ある限り三宝に帰依した在家信者として、ゴータマ尊者にはわたくしをお記憶くださいますよう。」 「バラモンよ、たとえばここに、心材(サーラ)を必要とし、心材を求め、心材を探し求めて歩きまわっている人があったとしよう。その人が、心材をそなえた大樹の立っているところへとやって来た。ところが彼は、心材を通り越し、白材(パッグ)を通り越し、樹皮(タチャ)を通り越し、新芽(パパティカ)をも通り越して、枝葉を切り取り、『これが心材である』と思いなしてそれを持ち去ったとしよう。もし目の明らかな人がその様子を見たならば、こう言うであろう。『この御仁は、心材を知らず、白材を知らず、樹皮を知らず、新芽を知らず……』と。
関連テーマ: 智慧 執着 渇愛 自己
導線タグ: 本質を見失う,表面的な理解,真の目的,本物の知恵,見た目に惑わされる,優先順位の誤り,本末転倒
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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