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苦しみ 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN29 §3.11–3.6)

‘ahamasmi sīlavā kalyāṇadhammo, ime panaññe bhikkhū dussīlā pāpadhammā’ti. So tāya sīlasampadāya majjati pamajjati pamādaṁ āpajjati, pamatto samāno dukkhaṁ viharati. Seyyathāpi, bhikkhave, puriso sāratthiko sāragavesī sārapariyesanaṁ caramāno mahato rukkhassa tiṭṭhato sāravato atikkammeva sāraṁ atikkamma phegguṁ atikkamma tacaṁ, papaṭikaṁ chetvā ādāya pakkameyya ‘sāran’ti maññamāno. Tamenaṁ cakkhumā puriso disvā evaṁ vadeyya: ‘na vatāyaṁ bhavaṁ puriso aññāsi sāraṁ, na aññāsi phegguṁ, na aññāsi t
‘I’m the one who is ethical, of good character. These other mendicants are unethical, of bad character.’ And so they become indulgent and fall into negligence regarding their accomplishment in ethics. And being negligent they live in suffering. Suppose there was a person in need of heartwood. And while wandering in search of heartwood he’d come across a large tree standing with heartwood. But, passing over the heartwood, softwood, and bark, he’d cut off the shoots and leave imagining they were h
「われこそは戒(かい)を守り、善法(ぜんぽう)を具えた者である。他のこれらの比丘たちは、戒なく、悪法の者どもである」と。かくして彼は、その戒の成就(じょうじゅ)に驕り、放逸(ほうにつ)に陥り、怠惰に流れる。放逸となりて、彼は苦(く)のうちに住する。 比丘たちよ、たとえばここに、心材(しんざい)を必要とし、心材を求め、心材を探し求めて歩みゆく人があったとしよう。彼は、心材を有する大樹の前に立ちながら、心材を通り過ぎ、辺材(へんざい)を通り過ぎ、樹皮を通り過ぎ、新芽を切り取って立ち去り、「これこそ心材なり」と思いなしたとしよう。目の明らかな人がその者を見て、このように言うであろう。「まことに、この良人(りょうじん)は、心材を知らず、辺材を知らず、樹皮を知らず……」と。
関連テーマ: 苦しみ 執着 智慧 自己
導線タグ: 慢心,自己過信,怠惰,精神的成長の停滞,本質を見失う,プライド,自己満足
⚠ 自己責任論に誤解されやすい

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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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