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智慧 中部経典 趣旨一致

中部経典(MN28 §25.1–27.1)

Tassa ce, āvuso, bhikkhuno evaṁ buddhaṁ anussarato, evaṁ dhammaṁ anussarato, evaṁ saṅghaṁ anussarato upekkhā kusalanissitā na saṇṭhāti. Tassa ce, āvuso, bhikkhuno evaṁ buddhaṁ anussarato, evaṁ dhammaṁ anussarato, evaṁ saṅghaṁ anussarato, upekkhā kusalanissitā saṇṭhāti, so tena attamano hoti. Ettāvatāpi kho, āvuso, bhikkhuno bahukataṁ hoti. So tena saṁvijjati saṁvegaṁ āpajjati: ‘alābhā vata me, na vata me lābhā; dulladdhaṁ vata me, na vata me suladdhaṁ. Yassa me evaṁ buddhaṁ anussarato, evaṁ dham
While recollecting the Buddha, the teaching, and the Saṅgha in this way, equanimity based on the skillful may not become stabilized in them. But if, while recollecting the Buddha, the teaching, and the Saṅgha in this way, equanimity based on the skillful does become stabilized in them, they’re happy with that. At this point, much has been done by that mendicant. In that case they stir up a sense of urgency: ‘It’s my loss, my misfortune, that while recollecting the Buddha, the teaching, and the S
このように仏(ブッダ)を念じ、法(ダンマ)を念じ、僧伽(サンガ)を念じても、善に根ざした平静心(ウペッカー)がその比丘のうちに安定して確立されないことがある。しかし友よ、このように仏を念じ、法を念じ、僧伽を念じることによって、善に根ざした平静心がその比丘のうちに安定して確立されるならば、彼はそのことをもって満足する。友よ、その比丘にとって、この境地においてすでに多くのことがなされたのである。 しかし、平静心が確立されない場合には、その比丘は深い感動(サンヴェーガ)を起こし、切迫した思いに至るのである。「これはわたしの損失である、これはわたしの不得であり、まことにわたしは得がたいものを得ていない。このようにわたしが仏を念じ、法を念じ、僧伽を念じても……」と。
関連テーマ: 正念 苦しみ 智慧 自己
導線タグ: 修行の停滞,精神的な行き詰まり,努力が報われない,焦り,自己嫌悪,瞑想,精進
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経典テキストの出典: SuttaCentral(CC0ライセンス)。英訳: Bhikkhu Sujato師(経蔵)/ Bhikkhu Brahmali師(律蔵)。日本語訳はAI生成による参考訳です。

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